北京五輪の開会式を見た。中国への負の先入観と、感染対策のためか参加選手が全体的に少人数で、セレモニーも短く簡素化されていたため、いつもほどの感動はなかったが、それでも希望と期待を胸に秘めたアスリートのエネルギーに圧倒された。「外交ボイコット」を表明している米国も英国もカナダも、大勢の選手たちが実に楽しげに笑い、小旗を打ち振って行進していた。その光景に自然とほおが緩んだ。

フランスの旗手ケビン・ロラン(32)は踊りながら、チームを鼓舞した。フリースタイルスキー・ハーフパイプの14年ソチ五輪銅メダリスト。練習中の大けがで一時昏睡(こんすい)状態となったが、2年間のリハビリを経て夢の舞台に戻ってきたという。常人には想像すらできない努力をしたのだ。彼を心から応援したいと思った。開幕前までの重たい、殺伐した心まで癒やされるようだった。

開催国による深刻な人権弾圧に、政府高官による性的被害を公表した女子テニス選手の突然の消息不明。そんな権威主義国家が推進する五輪に、「平和の祭典」の金看板は揺らいだ。抗議の波は世界に広がり、欧米諸国が政府代表の派遣を取りやめる「外交ボイコット」へと発展した。批判の矛先は中国政府に迎合する対応を続ける国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長にも向けられた。

思えば五輪はずっと政治に利用されてきた。ナチス・ドイツがユダヤ人への人種差別を覆い隠した36年のベルリン大会。米ソ主導の東西冷戦が引き起こした80年モスクワ大会と84年ロサンゼルス大会のボイコット。それでも、五輪が1世紀以上も続いてきたのは、ひとえにアスリートたちの純な輝きが世界中の人たちを引きつけてきたからだ。北京の開会式で行進する選手たちをテレビで見ながら、そう確信した。

先日亡くなった元東京都知事で作家の石原慎太郎さんが、64年東京五輪の閉会式で日刊スポーツに手記を寄せた。その中にこんな一節がある。「聖火は消えず、ただ移りゆくのみである。この祭典は我々に、かくもそれぞれ異なり、またかくも、それぞれが同じかということを教えてくれた。この真理が何故に政治などと言う愚かしいエネルギーの前に押し切られるのであろうか」。その一節が今、新鮮に胸に迫ってきた。

中国の習近平国家主席やIOCのバッハ会長が開会式のテレビ画面に映るたびに興ざめもした。だが、これから本当の五輪が始まるのだ。それを、この日の選手たちの希望にあふれた笑顔が教えてくれた。17日間、アスリートたちが放つ、強く、熱い光が、あらゆる雑音を溶かして、世界が1つであることを、私たちにあらためて示してくれるに違いない。それが今の五輪に残る唯一の希望なのかもしれない。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)

映像とダンスのパフォーマンスで盛り上がる北京五輪開会式(撮影・菅敏)
映像とダンスのパフォーマンスで盛り上がる北京五輪開会式(撮影・菅敏)