31歳、異例の経歴を持つ駿河台大の今井隆生は、涙をこらえながら教え子が待つ小田原中継所へ駆け込んだ。

今年の箱根駅伝で注目を浴びた彼。埼玉県の中学校体育教師だった今井選手は2020年4月、徳本監督との出会いを通して、駿河台大の心理学部3年に編入学した。心理学を学び、指導者としての器を広げたい。

そして、もうひとつ、箱根駅伝を目指すという挑戦を決意した。


駿河台大4区今井(左)は小田原中継所で教員時代の教え子でもある5区永井にたすきを渡す
駿河台大4区今井(左)は小田原中継所で教員時代の教え子でもある5区永井にたすきを渡す

元々はトライアスロン・デュアスロンで活躍している選手だったので、今井選手の挑戦はトライアスロン界が注目し、応援していた。今井選手がトライアスロンを始めたきっかけは、2008年北京オリンピックで井出樹里選手が5位に入賞したのを見たこと。井出選手に憧れ、彼女が当時所属していたチームケンズの門をたたいた。

その井出選手とは今も交流があり、箱根駅伝の前にもエールをもらった。「メディアに注目されるということは、今まで隆生がやってきたことが認められたということだよ」。その言葉で自分がこれまでやってきた事に対しての自信と自覚が生まれた。

トライアスロンを通して学んだのは「何事にも準備をすることの大切さ」だ。当時の監督、飯島健二郎さんから教わった。箱根駅伝を目指す中でも、常にこの事を心にとめてトレーニングに励んだ。


2015年トライアスロン日本選手権に出場した今井(先頭)
2015年トライアスロン日本選手権に出場した今井(先頭)

心理学を学ぶ事を第一に駿河台大に編入学したが、その心理学を学ぶ上でも、箱根駅伝を目指す上でも、徳本監督の存在は大きく、今井選手の世界観を変えたという。

「表で見る監督は、破天荒なイメージだと思うんです。カリスマ性があるから、派手な事をしてそうと思われがち。でも、実際はめっちゃ地味でクソ真面目です(笑)。そして、心配性なので準備を大切にする方です」と今井選手は話す。

練習は走り込みが多く、泥臭いトレーニングが多い。論文を読みあさり、常に新たな事をインプットする勉強家だという。そんな徳本監督の熱心さ、柔軟性、カリスマ性に引かれ、2年間、監督を信じトレーニングに励んだ。

昨年10月の箱根駅伝予選会は8位通過。見事、目標であった箱根駅伝本大会へと駒を進め、当日は4区に起用された。今年の4区はエース級の選手も配置されるレベルの高い区間になった。今井選手自身、最後は重圧を感じ、「厳しい戦いになる」と予想していたそうだが、そこまでの準備はしっかりしてきた。仲間を信じ、監督を信じ、自分を信じて走りだした。

ラスト3キロのこと。徳本監督から「箱根に何も置いてくな!お前は1人じゃないんだぞ!」。この言葉に今までの思い出がよみがえり、こみ上げるものがあった。それをこらえて、教え子が待つ中継所へ駆け込んだ。走り終えた今井選手の目からは大粒の涙があふれ出ていた。


4区を走り終えた今井は感極まった表情
4区を走り終えた今井は感極まった表情

4月からは教育現場に戻る。この経験をどう生かしたいのか。

「今までの自分だったら、生徒の可能性を決めつけてしまっていたんです。この子の限界はここかな…と。大学に入った時もその感覚だった。だけど、箱根駅伝を目指す中で、徳本監督の指導や自分自身の経験を経てその考えが変わりました。生徒の目標・夢の可能性を信じてあげられる先生になりたいです。僕に会って"できない"ことが"できる"ようになったり、"やってみよう!挑戦してみよう!"と思ってもらえたり…生徒にとって僕の存在が励みになる。そんな指導者になりたいです」

その言葉は力強く、自信に満ちあふれていた。

人は誰しも自分が持った夢に対して、かなえられる可能性が1%はあると思う。その可能性を信じて、実行していくことで人は成長していくのだと、今井選手を通して改めて感じた。

今井選手は「運と縁に恵まれた奇跡」と話す。

これからどんな教師・指導者になるか楽しみだ。

(加藤友里恵=リオデジャネイロ五輪トライアスロン代表)