皆さんは「27メートル」がどれくらいの高さなのかイメージすることが出来るだろうか。1階あたりが3メートルとすると、だいたいビルの9階ほど。落下する速度はおよそ100キロにまで達する。「あまりいいイメージは浮かばない」と思う人がほとんどではないだろうか。

実は、水泳競技には「27メートル」から飛び込む「ハイダイビング」という種目がある。

■2013年から公式種目に

そんな種目が成り立つのか? と思うが、2013年にバルセロナで開催された世界水泳からWorld Aquatics(国際水泳連盟)の公式種目となっている。

「ハイダイビング」とはその名の通り、高い台から飛び込む競技のこと。男子は27メートル、女子は20メートルから演技する。私がやってきた「飛込」との違いは「足」から入水する点だ。

入水時の強い衝撃は、角度が少しでもずれるだけで大きなけがにつながる。そのため、かなり高度な技術と空中感覚が必要とされる。入水ポイント周辺には3名のダイバーが待機しており、選手の安全を見守っている。

日本ではまだあまり広まっていないが、世界では徐々に人気が高まってきている。実は日本にもたった1人だけ選手がいる。荒田恭兵だ。彼がハイダイビングを始めたのは2018年6月。

「誰もやったことがないことで世界に挑戦してみたい」。そんな思いが彼の心を動かし、27メートルの台に立った。

荒田恭兵と27メートルの飛び込み台
荒田恭兵と27メートルの飛び込み台

■命に関わる危険な競技

しかし前人未到の壁は厚い。まずは練習場所を探すところから始まった。日本は島国ということもあり、練習場所はいくつか目ぼしいところはあった。ただ飛び込めるかは別の話。少なくとも飛び込んだ先の水深が5メートル以上は必要になる。飛べそうな「崖」を見つけては、深さや水中に危険な岩がないかなども調べた。

そして一番の壁は、テストに合格することだった。命に関わるほど危険な競技であることから、選手になるためにはテストを受けなければならない。そこで安全に飛び込めるダイバーであることが国際的に認められて、初めて試合に出られるのだ。

フォートローダーデールの飛込台。上から27メートル、24メートル、20メートル、15メートル、10メートル、7.5メートル、5メートル、3メートル。
フォートローダーデールの飛込台。上から27メートル、24メートル、20メートル、15メートル、10メートル、7.5メートル、5メートル、3メートル。

■W杯28位世界切符逃す

何度も海外に足を運び、選手として認められた荒田。先月には、アメリカのフォートロダデールで行われたワールドカップ(W杯)への出場を果たした。今大会で24位以内に入れば、7月の世界水泳(福岡)の代表選手としての参加資格が与えられる。

日本でハイダイビングのW杯が開催されるのは初めてのこと。「絶対に出場したい」。そんな思いで臨んだ大会だったが、結果は28位。世界水泳への出場権を獲得することはできなかった。

私もこの試合を国際水泳連盟の公式サイトで視聴していた。正直、トップの選手たちとの差は歴然だった。しかし荒田の演技にはまだまだ伸びしろがあるとも感じた。

今大会を終えての感想をたずねると「まずは、ケガなく終えられたことが成長の1つだと感じている。応援してくれる人や、選手同士の絆が頑張る原動力となっている。次に向けてまた頑張りたい」という前向きな言葉が返ってきた。

怖さやプレッシャーはもちろんあるが、それ以上に楽しさがある。そう話す彼からは自信さえ感じた。

高さ27メートルから見たプール
高さ27メートルから見たプール

■28年ロス五輪で実施か

ハイダイビングはまだオリンピック(五輪)種目ではない。しかし、今大会の会場となったフォートロダデールには、昨年8月にハイダイビングのプールが建設された。今後、強化していく種目として考えているのだろう。

その背景には2028年に開催予定のロス五輪が影響している。自国開催で多くのメダルを獲得するため、その候補種目としてハイダイビングにも目をつけたのだ。そこに荒田は挑戦したいと意気込んでいる。

高さ10メートルではかなわなかった五輪出場の夢。もしかしたら27メートルでかなえる日がくるかもしれない。まだまだ道のりは長いが、ケガなく夢の舞台に立てることを願っている。

(中川真依=北京、ロンドン五輪飛び込み代表)