スマホの画面に「発行不可」の真っ赤な文字、東京オリンピック(五輪)閉会式のチケットが無効になった。19年の第1次抽選、第2希望まで上限の60枚を申し込み、唯一当選した「プラチナチケット」だった。先月21日に上限1万人の再抽選が決定。今月8日には東京都の会場などの無観客が決まった。チケットは「幻」になった。

自分は仕事があって行けないが、チケットは息子夫婦にプレゼントするつもりだった。生後7カ月の孫に行ってほしかった。もし、64年大会を見ていない父が元気なら行かせたいと思っていたが、大会を楽しみにしながら先月他界。3世代に渡るバトンが、引き継がれればと願ったのだ。

子どもの頃「五輪を観戦した」友人は、ちょっとしたヒーローだった。同級生は3歳か4歳、もちろん記憶などないはずだが「オレは見たよ」と誇らしげだった。小学生以上だとサッカーやホッケーなどに動員されていたが、開閉会式となると別。貴重な経験は「一生の宝物」になった。

「大変に残念」と、組織委の橋本聖子会長は無観客の決定に声を絞り出した。64年大会開幕直前に生まれた「聖子」の名前は、父善吉さんが開会式のスタンドで見上げた聖火に由来している。父が開会式を見たからこそ「五輪の申し子」が誕生したというわけだ。

9日、組織委チケット担当の鈴木秀紀マーケティング局次長は「1人でも多くの子どもに、一生の財産となる機会を提供したいという思いで取り組んできた」と、言葉を詰まらせた。チケット発売開始前、18年平昌冬季五輪施設の経験から「(スピードスケートで)金の小平奈緒と銀の李相花が抱き合った感動を隣の韓国人と分かち合った。そんなオリパラならではの経験を多くの人に、特に子どもに会場で探してほしいんです」と話していたのだ。

もちろん、緊急事態宣言下で観戦ができるとは思わない。会場での感染リスクは低いと言われても、人流は増える。リスクは確実に大きくなる。スタンドの観客はメッセージとしてもマイナス。医療体勢への影響や国民感情を考えれば、無観客は当然だろう。日々、状況は悪くなるのだから。

分かってはいても「ワクチン接種が進んでいれば」「対策を徹底して感染を抑えていれば」「2年延期にしていれば」と、政府への恨み節も出る。地元の応援を励みに頑張ってきた選手の精神面も心配になる。支えてきた家族も観戦できなくなる。何より「無観客の上にIOCファミリーがスタンドに陣取る大会を、日本でやる必要があるのか」という思いも沸く。

それでも開幕は近づく。10日後には無観客の福島あづま球場でソフトボールが始まる。スタンドは空席ばかりで、パブリックビューイングも中止。スポーツバーの営業もなくなる。新型コロナに、日本が五輪色に染まることを阻止される。

夏休みの旅行や帰省も制限される。ステイホームは続く。ならば、前向きに家で五輪を楽しむしかない。連日テレビ放送はあるし、ストリーミング放送でも見ることができる。何より、今回は時差がない。寝不足の心配もない。五輪で親子の会話が弾めば、それも「貴重な経験」になる。

64年大会のバレー女子決勝は視聴率66・8%で「街から人が消えた」と言われた。さすがにこれは無理でも、多くの人が自宅でテレビ観戦すれば、大会関係者やボランティア以外の人流は減る。感染拡大が落ち着くかもしれない。そうなれば「人の命とどちらが大切か」と悪者扱いされてきた大会が「人の命を救う」可能性もある。ここまで来たら、腹を決めて「テレビ五輪」を楽しむしかない。日本選手の活躍と、新型コロナの収束を願いながら。【荻島弘一】(ニッカンスポーツ・コム/記者コラム「OGGIのOh! Olympic」)

新国立競技場(2021年7月3日撮影)
新国立競技場(2021年7月3日撮影)