多くの困難を乗り越え、ドイツ・デュッセルドルフで活躍する日本人美容師がいる。美容室「YODA」を経営し、サッカー日本代表FW武藤嘉紀(27=ニューカッスル)やDF酒井宏樹(29=マルセイユ)らを担当する要田和紀さん(40)だ。

武藤嘉紀(右)と肩を組む要田和紀さん(本人提供)
武藤嘉紀(右)と肩を組む要田和紀さん(本人提供)

2月下旬、柔道の東京五輪代表選考会を兼ねるグランドスラム(GS)デュッセルドルフ大会を取材するため、同市を訪れた。欧州屈指の「日本人街」がある都市として知られ、約5000人の日本人が暮らしている。到着初日、赤ちょうちんがぶら下がる居酒屋で夕飯を食べていた時、隣にいた大手通信会社に勤務する日本人男性と酒を酌み交わした。「ここで有名な日本人はいますか?」と聞くと、「美容室『YODA』の店主がサッカー日本代表選手のヘアカットを担当しているみたいですよ」と教えてくれた。店を調べると、宿泊ホテルから徒歩5分の距離だった。せっかくの機会だと思って、翌日“直撃”した。

酒井宏樹と笑みを浮かべる要田和紀さん(右)(本人提供)
酒井宏樹と笑みを浮かべる要田和紀さん(右)(本人提供)

店舗1階のブザーを鳴らし、事情を説明して入店すると美容室とは思えない空間だった。白を基調とした広い店内に、木製の座席がたった2席だけ。無駄な物が1つもない、まるで美術館のような雰囲気だった。客足が絶えない中、店主の要田さんに話を聞いた。

「正直、想像しなかった人生です。厳しい環境でやってきましたが、まさか異国の地で、自分の店を構えて髪を切ってるとは思いませんでした。これまでの一期一会の出会いに感謝しかありません」

美容室「YODA」の外観(中央)(撮影・峯岸佑樹)
美容室「YODA」の外観(中央)(撮影・峯岸佑樹)
美容室「YODA」の店内(撮影・峯岸佑樹)
美容室「YODA」の店内(撮影・峯岸佑樹)

要田さんは、自身の人生をこう振り返った。石川県の大学を卒業後、美容師だった祖母の影響でこの道に進んだ。都内の美容室に勤務して腕前を磨いたが、拘束時間が長く、感性を磨く時間が確保出来なかった。将来、自立するために「多くの経験が必要」として、27歳の時に知人の紹介で海外に渡った。ドイツ・フランクフルトや米・ニューヨークの美容室で武者修行に励んだ。しかし、大きな壁にぶち当たった。お客さんと会話出来ず、相手が求める髪形が分からない。さらに外国人の柔らかい髪質にも慣れず、自信を失った。自信のなさが表情に出てしまい「担当者を代えて」と言われたこともあった。「このままで終われない」。英語を猛勉強して、さまざまな人種の髪を切るうちに信頼を得ていった。

修業を終え、13年4月に文化や雰囲気が気に入ったデュッセルドルフに店を開いた。開店当初は、偏見や差別から「日本人なんかに任せられるか」などと冷ややかな態度を取られ、日本人を中心にカットした。日本で身に付けた技術力と海外で磨いた感性を融合させ、さまざまな要望に対して丁寧に対応する要田さんの腕前が徐々に評価された。ドイツ人にも受けられるようになり、今では客の半分が地元の外国人という。「現地の人に喜んでもらえた時はうれしかったです。ここからが勝負だと思いましたし、デュッセルドルフで長く愛される店にしたいです」。

欧州で活躍するサッカー日本代表選手にも、その評判が広がった。ドイツで活躍し、英国に渡った武藤やフランスへ移った酒井とは家族ぐるみの付き合いだ。サッカー選手はメディア露出が多いため、その選手に適した髪形を研究し、月1回は移籍先の国に出張して髪を切っている。

女性スタッフと打合せする要田和紀さん(撮影・峯岸佑樹)
女性スタッフと打合せする要田和紀さん(撮影・峯岸佑樹)

「不思議なご縁です。僕はサッカーを知らない素人ですし、彼らからすれば逆に話しやすかったのかもしれません。ただ、髪を切る時は、自然体でいてもらえるよう心掛けており、今後もそういった空間作りを大切にしたいです。また、欧州で活躍する日本人選手たちの姿を見ると『自分も頑張るぞ』と強い気持ちになりますし、とても大きなエネルギーをもらっています」

海外で認められるためには、高い技術だけでなく、言葉や文化の違いなど多くの困難を乗り越える必要がある。それは美容業界もスポーツ界も変わらない。東京から約9300キロ離れた都市で活躍する要田さんは、「Simple」という言葉を大事にする。飾り気なく、自分らしさを貫くことという。20分間の取材であったが、世界で闘う日本人の強さを感じた。

【峯岸佑樹】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

自身の人生を振り返る要田和紀さん(撮影・峯岸佑樹)
自身の人生を振り返る要田和紀さん(撮影・峯岸佑樹)