「箱根駅伝2023 あえぐ名門」と題して、早大競走部に密着する企画をスタートしました。今年の箱根駅伝でシード落ちした早大が、復活を期し来年の箱根路を目指す様子を不定期で配信していきます。本作は番外編ですが、連載記事は下のリンクより無料会員登録で読むことができます。箱根ファン必見、ぜひご覧ください。

【箱根駅伝2023 あえぐ名門を追う】第1回:花田監督は言った「箱根を戦うチームの練習ではないと思う」>>

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瀬古利彦さんは、自分のことを「瀬古さん」と呼んでいた。

8月16日から3日間、新潟県妙高市で行われていた早大競走部の長距離ブロック合宿に密着した。9日間の高地での集中練習の初日から3日間の帯同となったが、運良く同大OB・OG会「早稲田アスレチック倶楽部」会長の瀬古さんと同日程となった。

日本陸上連盟の副会長であり、マラソン強化戦略プロジェクトリーダーとしてテレビ解説でもおなじみ。弊紙でも長く評論をお願いしてきた。

担当外だったため、じっくりお話をさせて頂く機会がこれまではなく、その軽妙な語り口と存在感に、如実な「発信力」を紙面などで感じてきたので、その言動を間近にできるのは幸運だった。

母校は1月の箱根駅伝で総合13位に終わり、3年ぶりにシード落ち。優勝は11年以来遠ざかる中で、「久々にきたね。何年ぶりだろう」という合宿への参加となったという。

6月に早大、エスビー食品での教え子でもある花田勝彦監督が就任したが、打診したのは瀬古さんだった。その経緯もあり、午前6時の朝練習から夜のミーティングまで、後輩たちを見守っていた。

「名門!」。早朝、全員集合の円陣に明るい声が響く。期間限定で参加していた付属校の早実高の生徒があいさつした直後に、すかさず瀬古さんが反応した。学生がわずかに肩を揺らす。眠けも吹っ飛ばしながら? 一気に雰囲気を明るくしてみせた。

と思ってたら、しっかりと進言も。

「朝のジョグでも、ただのジョギングと思わないこと。瀬古さんは、そういう時こそ差がつくと思ってます。腰が高いか、呼吸はこうでいいのか、考える。相撲では『3年後の練習を今日する』と言います。いまやるのは3年後のため。1つもおろそかにしてはいけない。危機感を持って合宿をやってください」

一人称は「瀬古さん」。ここで選手が一様に軽く驚き、さらに注目したのがわかった。独特の話術で和ませ、引き締める。

ミーティングでは、昔の話もした。早大に入学直後に、恩師の中村清監督と行った海岸でのこと。「この砂を食べたら世界一になると言われたら食べられるか」と唐突に聞かれ、「俺は食べられる」と口の中に突っ込んだという逸話。

伝えたかったのは信じることだった。

「頭がおかしいと思われるかも知れないけど、それくらいの覚悟を持って教えてくれるんだと瀬古さんは思った。君たちも、花田を信じてやってくれ。急に練習方法などが変わり、あーだこーだ、思う時もあるかも知れないが、信じてやってほしい」

その翌日、「昔話」をした意図を聞いた。二十歳前後の選手には中村監督の名前も知らない選手がいるかも知れない。それでも、伝えたいことがあるという。

「昭和の人間だから、昭和のことを知ってもらいたいんだよ。『できません』でいいんだけど、知らないのと知ってるのは全然違うでしょ」

記者も40歳を越え、後輩との接し方に悩む時がある。どこまで指摘して良いのか。「自分が若い頃は…」と言い出すのだけはやめようと誓ってきたが、「伝える」ことをやめたら、関係性も希薄になる一方。

瀬古さんが求めるのは、太い関係なのだろう。

「どんどん言っていくしかないと思うよ。ここまで弱くなってしまったのはOBの責任もあるんだから、しっかり支えていくよ」

ミーティングで個人名を出して「ダメだし」をしていた選手が翌日、何かひきつけられるように瀬古さんに近づき、会話をする姿も目撃した。芯の通った関係作りとは-。そんな事を考える「瀬古さん」との3日間だった。【阿部健吾】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

早大の合宿を視察した瀬古氏(左)。右は花田監督
早大の合宿を視察した瀬古氏(左)。右は花田監督
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