五輪メダリストを数多く輩出してきたスピードスケートの名門、日本電産サンキョーが1日、スケート部を廃部すると発表した。同部は「三協精機スケート部」として1957年(昭32)に創部して以来、五輪で金3個、銀2個、銅3個の計8個のメダルを獲得。先月の北京五輪には、女子団体追い抜きで銀メダルを獲得した高木菜那(29)が出場していた。3月31日をもって廃部する。

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清水宏保、長島圭一郎、加藤条治、そして高木菜と、多くの名選手を輩出した名門スケート部がその幕を下ろす。日本電産サンキョーはこの日、報道各社へのリリースとともに所属する選手8人や内定選手に廃部の事実を伝達。3日にノルウェーで開幕する世界選手権に参戦するため海外遠征中の高木菜にも、監督を通じて伝達した。

同社は廃部理由について、世界に通用する指導者が現れないことや、スケート人口の減少を挙げた。担当者は「ここ数年スケート選手を目指す若者も減り、レベルも落ちてきたことから、企業がスピードスケート競技の発展に貢献するという当初の目的についての展望が持てなくなった」とコメントした。

一方で、ナショナルチーム(NT)も1つの要因になったとみられる。それまで各実業団が強化の主体だったが、14年ソチ五輪のメダル0個を受けて日本スケート連盟がNTを立ち上げると、日本代表級の選手は年間の大部分をNTで過ごすこととなった。

18年平昌五輪では6個のメダルを獲得し、NTの強化は成功。対照的に実業団の立ち位置が分かりづらくなったのも事実。同社関係者も過去に、NTと実業団のすみ分けについて異論を述べていた。

同社によると現在所属している選手8人と監督1人に関しては今後、話し合いの場を持ち、選手継続を希望する場合は移籍先への交渉を進める。競技を引退する場合でも引き続き社員として在籍することも可能だという。

高木菜は北京五輪期間中から何度も、今月12、13日にオランダで行われるW杯最終戦を集大成にしたいと語っていた。オランダはかつて同部が活動拠点をおいていた場所で、自身もソチ五輪後から武者修行した。

偶然にも27日には写真投稿サイト、インスタグラムに同社のスケートスーツでリンクを滑る自身の写真をアップ。「高校を卒業してから10年間、私が夢に向かって走り続けてこられたのは会社のご支援、ご声援があったから」と感謝のメッセージをつづっていた。【三須一紀】

◆日本電産サンキョースケート部

1957年に「三協精機スケート部」として創部。現在の構成は選手8人、監督1人。主な戦績は

▼94年リレハンメル五輪 宮部行範 男子1000メートル銅メダル

▼98年長野五輪 清水宏保 男子500メートル金メダル、1000メートル銅メダル

▼10年バンクーバー五輪 長島圭一郎 男子500メートル銀メダル、加藤条治 男子500メートル銅メダル

▼18年平昌五輪 高木菜那 女子団体追い抜き金メダル、マススタート金メダル

▼22年北京五輪 高木菜那 女子団体追い抜き銀メダル