日本レスリング協会が新設した、ナショナルチームのアントラージュコーチに就任した女子個人初オリンピック(五輪)4連覇の伊調馨(37=ALSOK)が16日、東京・味の素ナショナルトレーニングセンターで始まった女子代表合宿に初参加した。

アスリートを取りまく環境の整備などを意味するフランス語を冠した新職。24年パリ五輪で、女子史上最多タイとなる東京大会の金メダル4個を上回るべく「これまでの経験、レスリングに携わってきた中で得た技術、知識を教えてほしいと打診された。少しでも力になれることがあれば」と昨年12月に受諾した。

コロナ禍で合宿の実施が難しかったため、ようやく実現。実演で、アタックに入る前の準備から、タックル後の仕留め、前後だけでなく横の動きやテンポを変えての攻撃などを指導。選手からの質問に「技術面の話や、今は選抜(6月の明治杯全日本選抜選手権)1カ月前なので、スパーリングで何に気をつければいいか、などの質問に、私なりに答えた」と紹介した。

昨夏の東京五輪代表を逃した後は「コーチ半分、選手半分で、どちらの顔もある。今もレスリングを研究中」という。

「今も自分の練習の傍ら(日体大の)学生と切磋琢磨(せっさたくま)している。選手と一緒に成長しながら世界を目指していければ。日本が世界で勝ち続けるために尽力できれば」と語り、練習の最後には「個人的に、どんどん聞きに来てください」とアドバイスを約束した。

一方で、まだ明確な役割は固まっていないようだ。初日を終えての率直な感想は「どこにいたらいんだろう、何をすればいいんだろう」だった。

アントラージュコーチについて、当初から「ナショナルチームのコーチと何が違うのか素朴な疑問があった」とオファーに悩んでいた。「選手によっては、そんなに必要のない枠なのかなと思うし、なかなか私に聞きにくい選手もいるだろうし。私が全日本に入っていいのか」と。

迎えた初日。居並ぶ日本代表を前に「トップ選手たちなので、それぞれのスタンス、スタイルを私が(教え込むことで)崩すのは違うのかな」と思いつつ「立ち位置が、存在価値がまだちょっと分からない。選手にとっては、そんなに必要な枠なのかな。コーチ陣も私の扱い方に困っている部分があるのかなと思う」と苦笑いした。

「(自身を招いた)赤石(光生)強化本部長も私もそうだけど、立ち位置なのかパイプ役なのか、いまいち困惑しているところがある。赤石本部長や他のコーチの方々とコミュニケーションを取っていかないと」とも現状を語った。

赤石強化本部長も「パリ五輪で東京以上の成果を上げるため設置した。素晴らしい技術指導で、なるほどと気付かせていただくことも多かった」と感謝したが「これをしてほしい、などのお願いは重荷になるといけないので、徐々に。どんなことをしていただきたいか私たちも…(まだ固まっていない)。今日はご本人も緊張されていたし、まずは早く慣れていただければ。温かく見守って」と手探り状態であることを認めた。

その上で期待する役目としては「コーチに相談しづらい悩みなど、アントラージュコーチを通じて伝えることにより、円滑な強化推進を図れると思っている。その経験談は目標達成を近づけるだろうし、今後は選手からの質問も増えるだろうと思う」。今回は1日限定で、今後の海外遠征参加なども未定だが「合宿がある時に、お願いしていく。本人と相談をしながら進めていければ」とした。

伊調は現在、所属と拠点の日体大でコーチ兼任として後進の育成に当たっている。「日体大の学生であれば普段から見ているのでアドバイスできる。ほかの選手にとっては微調整というか、ああしろ、こうしろと私から言うことはないのかな」と感じだ初日だった。

ただ、日本のために出し惜しむする気はない。

「ちょっと時間がかかるのかなと思うけど、かと言って(パリ五輪まで)時間はない。求めてくる選手に対しては、なるべく早い時間で解決できるようなアドバイスができれば。自分の仕事内容を早く理解して、選手と密にコミュニケーションを取っていかないと。試行錯誤していきたい」

女子個人種目では世界に自身しかいない五輪V4の経験。それを伝えて発展に貢献していく。【木下淳】