2年ぶり5度目の優勝へ「現役復帰」した最年長38歳、坂本圭右(自衛隊)がまたしても決勝に駒を進めた。

2年前の優勝を最後に剣を置いたはずの男が、再び日本一決定戦へ。「あれから試合は出ていません。2年ぶりですね~」と言いながら、予選プールを5勝1敗で抜けると、初戦の2回で唐沢颯斗(日大)を15-9を一蹴した。

3回戦では浅海聖哉(法大)を相手に15-10と貫禄を見せつけ、準々決勝では古田育男(中野建設)を15-7でひねり倒した。

準決勝の相手は、現役最強の見延和靖(35=ネクサス)となった。昨夏の東京オリンピック(五輪)男子エペ団体で主将として金メダル、今年7月の世界選手権カイロ大会では個人銀、団体銅と日本エペ史上初の快挙をダブル達成した、ともに日本代表として長く戦ってきた後輩だ。

参加68選手の中で1、2の年長者2人が、手の内を知り尽くす中で挑戦し合った。この日は会場の待機席で隣になると、ニコニコと談笑し、試合中も危ない突きを入れてしまった場面で「ごめん」と右手を挙げて笑顔を見せていた。

なごやかな雰囲気からの序盤は、坂本が0-5と差をつけられた。さすがに、現役バリバリで世界の先頭集団を走る相手には及ばないのか。そう思いきや、ひょうひょうとしていたベテランがスイッチをONにした。

「距離的に届かない部分があったし、もっと深くアタックしていかないと点差が開く一方だなと思ったので。2年前の決勝と同じように、押して押して、やっていくしかないかなと」

トリッキーで天性あふれる攻撃が持ち味だ。そのテンポを変えて一気に主導権を奪い返すと、まず7-7に追いつく。

本人は「結果としてうまくいっただけ」「不思議」と振り返るが、流れは変わった。再び7-10と逃げ切られそうになっても、圧力は弱めない。12-11で、この試合初めてのリードを奪うと、ひっくり返した勢いは守備が堅い見延でも止めようがなかった。坂本が15-12で勝った。

公式戦は2年前の決勝以来のはずなのに、ブランクを露呈するでもなく、直近の世界選手権で銀メダルの第一人者を食ってしまったのだ。

「疲れました」

以上。試合後の第一声は20年9月の準決勝直後と同じく、一言だけだった。続けて質問を受けると、頭をかいた。

「坂本選手、もう引退していたはずですが、どういうことなんですか?」

「プロスポーツじゃないんで、ははは。気が向いて出たら、こんなことになっちゃって。すいません、何か。ははは」

「勝った後も、心の方を考える余裕はなかったですよね。呼吸も荒いし、本当に苦しかったので。体の心配の方ばかりでした」

試合直後も、見延から「強いですねぇ」と脱帽されると「すいません」と笑い飛ばした。なぜ謝るのか尋ねられると「やっぱり、いい舞台には、いい選手が行った方がいいと思うので」と今年も無頓着だった。

19年11月のワールドカップ(W杯)を最後に第一線から退くことを決め、所属の自衛隊で指導者に転身。後進を育成していた。「引退試合」と位置付けた20年大会の日本一で区切りをつけ、福岡・久留米の幹部候補生学校へ。10カ月間、現場から離れて未修の基本教育を受けていた。

今年1月末に朝霞駐屯地へ帰任すると、再び近代5種班のコーチとして、部下を教育する日常に戻っていた。

「帰ってきたし、また出てみるか」

言葉通り、気が向いた。趣味のゴルフを楽しみながら、ろくに練習していなかったという2年前は優勝。今年は? 近況を確かめられると「丸1年やってなかったし、ジュニアの合宿にも行かなかったし、もしかしたら一昨年以上に練習できてないかも。週1回、ファイティング(試合形式練習)しているくらいかな~」と淡々と説明した。

それでも、なお敵なし。年齢も、もう40近い。なぜ五輪と世界選手権の金銀銅メダルを持つ見延に勝てるのか。説明がつかない。聞いても「教えてもらいたいですね」。さすが、自衛官にとっては、あらゆる情報が機密情報なのだろう。

現役時代は、日本のエース山田優(28=山一商事)に自衛隊で背中を見せ、見延からは「天才的。まだ日本のエペ陣が世界で勝てなかった中、唯一、日本人で海外勢と渡り合っていたのが坂本先輩」と憧れられるフェンサーだった。

ピスト(競技コート)から退いていた昨夏は、東京五輪で金メダルを獲得した後輩4人から、すぐビデオ通話で報告があった。

「ホントにすごいなあと思いながらテレビで見ていたら、優が表彰式後すぐ電話してきてくれて。4人そろって金メダルを見せてくれた。珍しく、その時はウルッとしましたね」

勝因については口を割らないが、この話は本当のようだ。慕われている。後輩に触発され、また一緒に国際舞台へ復帰しようという考えはないのだろうか。40歳で迎える24年パリ五輪を目指す気にならないのだろうか。

「全くないです」

だそうです。

もちろん、相手の見延が世界選手権後に約1カ月のオフを挟み、この全日本に照準を合わせた調整ができなかった事情はある。それでも坂本は言う、坂本なら言える。

「こうなっちゃいけないと思うんで、本来は。でもまあ確実に昔より、団体としても個人としても、頻繁にいい結果を出せるチームになってきたので。次の五輪に向けて頑張ってほしいと思います」

日本悲願の金メダルをつかみ取った「エペジーーン」の上に、いまだ君臨する男。11月5日の決勝では東京・LINE CUBE SHIBUYAで、金メダリストの加納虹輝(24=JAL)とぶつかる。2連覇を狙う直近の日本一だ。

坂本不在の昨季ファイナルは、加納が「YouTuberさときんぐ」こと村上仁紀(さとき)を15-4で破って初優勝した。今年は新旧王者の対戦となる。抱負を問われた坂本は即答した。

「去年は仁紀が4点だったので、僕は5点を取れるように頑張ります」

おかしい。しっかり昨年のスコアを把握している。今年も狙っているのかもしれない。そういえば、どこか2年前より体が絞れていた気がする。陰で走り込みでもしていたのだろうか。試合も、前々回ほど息が上がったようには見えなかった。

20年大会も優勝に執着していなかった。ところが、いざ決勝が始まれば、同じく後に金メダリストとなる宇山賢(東京五輪後、こちらは引退撤回なし)を攻め倒して4度目の頂点に立った経緯がある。

「決勝の2日前に1時間くらい練習しただけですかね」なんて言いながら。

この男の言うことは信じられない。本気でパリ五輪を目指してほしい「天才」(会場の関係者証言たくさん)なのだが、やはり準備はしているはずだ。そうでないと、この衰えぬ実力は説明できない。謙遜しながらも仕上げるのが、武骨な自衛官の流儀なのだろう。

ということは、今年も何が起こるか分からない。14歳下の加納は、坂本の経験を警戒しつつ「引退している方なので絶対に負けられない」と燃えていた。5度目の優勝など許すわけにいかない。

対する坂本は、加納の大会8年ぶりとなる2連覇を阻んでしまうのか。また「すいませ~ん」と会見場で目を細めてしまうのか。2カ月後、注目の「11・5」が待ち遠しい。【木下淳】