試合終了のホイッスルを聞き、東福岡の藤田雄一郎監督は右手を握りしめた。スタッフと抱き合い、表彰式で整列したフランカー大川虎拓郎主将(3年)へ、笑顔でサムアップした右手を突き出した。

優勝インタビューで「ありがとう。それしかないです。1月5日を乗り越えてくれて、ありがとう。今日勝たせてくれて、ありがとうです」と言った。派手に喜ぶ訳でなく、静かな笑顔が目立ったが、心中は違った。「泣かなかった? いえいえ、グッと来ました。この子たちと1年間、ずっと頑張って来たんですから」と照れて笑った。

昨年10月、50歳になった。39歳だった12年春に前任の谷崎重幸氏からバトンを受け、監督で40代を駆け抜けた。花園では就任2年目から10大会連続4強、14年度に史上初の「高校3冠」を達成、16年度も優勝した。はた目には順風な監督人生だが、常勝を期待されるチームは大変だ。昨年度の5大会連続V逸。「自分が変わらないといけない」と思った。

高校男子バスケットボールの強豪・福岡大大濠を率いる片峯聡太監督と食事をしながら、話を聞いた。趣味の読書から、いろんなジャンルの本を読みあさり、ヒントを探した。覇権奪回に、きついフィットネスメニューなど「嫌なこと」と部員に強いた。「自分が嫌われてもいいから」と“嫌われる監督”を目指した。

とはいえ、根っこは変わらない。野球部だった中学時、NHKで見た早明戦に「何だ、このかっこいいスポーツは」とシビれたラグビーへの愛情。「谷崎先生のようになりたい」と志した男に、恩師と同じ温かさがにじむ。コロナ禍で活動停止中にも無人のグラウンドに足を運び、整備した。「当たり前が当たり前じゃない。当たり前がいかにありがたいかと」。部員のいない無意味さを痛感した。

7月には博多っ子の血が騒ぐ。「セブンス(7人制)の直前なんですが…。学校も生徒も“ああこの季節が来た”と諦めてくださるようです」。夏の7人制開幕前日の15日までラグビー部を“留守”にして、博多祇園山笠に参加、今年も山笠を担いだ。

嫌われていいと思っても、嫌わない。ラグビー、人生に変わらぬ情熱を注ぐ50歳は「保健体育の教師なんですが、毎日が楽しいです」と笑った。【加藤裕一】

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◆藤田雄一郎(ふじた・ゆういちろう)1972年(昭47)10月17日、福岡県生まれ。東福岡でラグビーを始め、NO8で90年度大会に出場(2回戦)。福岡大卒業後、JR九州を経て98年から保健体育科教論で母校に赴任。コーチで花園を12度経験、12年4月に監督就任。家族は妻、長女、長男。

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