ラグビー女子15人制日本代表「サクラフィフティーン」として22年W杯ニュージーランド大会に出場したロックの玉井希絵(30=パソナグループ)が7月、イングランドの世界最高峰リーグ「プレミアシップ・ウィメンズラグビー」に加盟予定のイーリング・トレイルファインダーズへ移籍する。
関西学院大では男子部員125人に女子1人の環境で力をつけ、卒業後は故郷の三重県で英語教諭として2年間勤務。そこから競技に軸足を置き、三重が拠点の「パールズ」での成長で日本代表入りを果たした。
2日間にわたって連載するインタビューの後編は、異例となる海外での競技と社業の両立、自身が新たな挑戦をすることで残したい道について思いを語った。【取材・構成=松本航】
-イングランドは昨年7月のサッカー女子欧州選手権決勝が観衆8万7192人を集めました。女子スポーツへの関心の高さで有名です
玉井「それもイングランドを選んだ、大きなポイントです。『イングランドの環境に、女子スポーツが盛り上がるヒントがあるんじゃないか』と思っており、そこに選手として身を置くからこそ、分かることがある気がしています。現役として、このような環境にどっぷりと身を置けるということで、イングランドへ行く意味を実感しています。このタイミングを逃したくなかったですね」
-今回、パソナグループに在籍しながら、選手としてプレーをする形となりました
玉井「次世代に向けて何かできることをしたい。私がこういった形で行くことで、海外挑戦への壁が低くなったり、働きながら選手としても挑戦し続けることができれば、この後の女子ラグビー選手が新たなチャレンジをしやすくなる。プレミア15(インタビュー後に『プレミアシップ・ウィメンズラグビー』へ改称発表)には、私の前に日本人選手が4人行きましたが(挑戦にあたって)仕事をやめた選手もいました。私が新しい形を示すことができれば、次世代の選択肢を広げることにもつながると思います」
-イングランドではどのような仕事をするのですか
玉井「例えば、海外での競技と仕事のハイブリッドキャリア(デュアルキャリア)のあり方や、アスリートをはじめとした女性活躍の社会環境に関して、日本に発信していく予定です。SNSを活用したり、パソナグループが日本で行うセミナーに、オンラインで参加することも想定しています。『イギリスの選手は、なぜ医者をしながらイングランド代表でいられるのか?』など、現地で実際に見たこと、聞いたことを、伝えていきたいと思っています。またパソナグループは現在、主に兵庫県の淡路島で地方創生に取り組んでいますが、この取り組みを海外メディアや海外インフルエンサーなどに伝えることで、日本の魅力を世界に発信していく予定です。会社のことや、日本について、英語で伝えることは容易ではありませんが、だからこそ、楽しみでもあります。選手として応援していただいている会社に、私にしかできない仕事を通して、恩返しをしていきたいです」
-関西学院大卒業後には教師も経験し、当時は現在の生活を想像できなかったと思います。人生の分岐点で大切にしてきたことはありますか
玉井「誰も選ばない道に挑戦する、新たな道を開拓することが好きです。自分が何かアクションを起こすことで、それを見た方々が、自由に夢を追いかけるきっかけになるかもしれない。例えば田舎に暮らしていると、身近に世界で活躍する人はほとんどいません。教師をする中で『自分なんて…』と考える子どもも多く見てきました。でも、誰でも自由に、好きなことを追いかけていいと思っています。私みたいに初めは先生になったり、いろいろな道を進んだ上で、何かにたどりついたり…。途中で夢が変わってもいいと思っています」
-女子ラグビーの将来の理想の姿はありますか
玉井「女子ラグビー選手として、生計を立てることができる、憧れられるスポーツになってほしいです。子どもを育てる保護者の方からも、憧れられるようなスポーツになると、自分の子どもにも勧めてもらえると思います。そのために選手たちが思い切り活躍して、前面に出られる環境をつくっていきたいです。女子ラグビーが持つバイタリティー、エネルギーは、本当に世の中へ、いい影響を与えると思っています。競技や仕事を通して、パワーを広く発信していきたいです。そして、最終的には『女子ラグビー選手、かっこいいな』と思ってもらえるような、そんな存在になっていきたいです」(おわり)
◆玉井希絵(たまい・きえ)1992年(平4)10月24日、三重・松阪市生まれ。松阪高3年時までバスケットボールに打ち込み、ラグビーへ転向。関西学院大では19年W杯日本代表の徳永祥尭(東芝ブレイブルーパス東京)と同期。卒業後は三重で中学校の英語教諭。16年に誕生したパールズで競技にも取り組み、退職後はラグビーに専念。19年に日本代表に初選出され、同年からパソナグループに入社して社業と両立。22年W杯ニュージーランド大会出場。168センチ、79キロ。


