破格のチケット3000円から、未就学児OK、一部撮影可、寒い場内で温かい食事も-。常識とされているNG事項を緩和し、敷居の高さを覆す新感覚アイスショー「BIS F24」が今月26~28日、アクシオン福岡で初開催される。
「氷上の贅沢(ぜいたく)体験を福岡で~THE BEGINNING OF THE ICE SHOW~」と銘打ち、英文の一部頭文字と福岡のFに24年を加えた「BIS F24」を公演名に。フィギュアスケーターによる演舞「スケートパート」と、アーティスト歌唱「ライブパート」の2部構成に分かれ、老若男女が裏側を体験できる、例のない観客参加型の氷上エンターテインメントショーとして注目されている。
新たな取り組みの一端は次の通り。
◆食事 氷上レベルに特設されるVIP席で、公演の真っ最中でも、豪勢な料理に舌鼓を打つことができる。通常席のファンにも“解禁”。施設外に出店されるキッチンカーなどで購入した温かい食事やスープ類を、座席に持ち込み食べることが許可された。ショーは約120分間の予定。寒い場内で、うれしい試み。氷系では異例のディナーショースタイルとして観覧できる。
◆カメラマン体験 田中宣明、能登直の両氏から、スケーターを撮影する極意などのレクチャーを受けられる。主催者側で手配するプロ仕様のカメラを使い、本番中はリンクサイドのカメラマン席から撮影。その写真も、主催者チェックを受けてOKが出たものは後日「フォトブックデータ」として手元に届く。
◆アナウンサー体験 いわぶ見梨さんを講師に、人前で緊張しない話し方や選手の気持ちを引き出すコツを教わり、本番中のマイクパフォーマンスや出演スケーターへの直接インタビューを行うことができる。
◆ジャッジ体験 リンク正面に競技大会さながらの席が用意され、間近で演技を見られる。実際に点数をつけることはないものの、目の前でアスリートが滑る審判目線を味わうことができ、関係者控室も用意されているため、開演前から待機できる。名前も会場内で紹介される予定だ。
◆バンケット 国内外の大会で、選手や関係者が集う社交パーティー。競技会の疑似体験を追求するあまり、ここまで実現させた。27日にマリンワールド海の中道水族館を貸し切りで実施。ロイヤルVIP席の購入者らが非日常的な空間を享受できる。
逆転の発想を具現化したのは、主催の福岡県スポーツ推進基金(FUKUOKA SPORTS)だ。従前のアイスショーでは「禁止」されていることを、あえて解放。ファンとの一体感を醸成し、広く魅力を発信しようと企画された。その発案から開催準備を進めている同基金の奥原淳氏(48)に聞いた。
「我々の財団は、新型コロナ禍の20年9月1日に発足しました。福岡県のスポーツ推進、スポーツを通じた地域の活性化に寄与することが目的です。その実行部隊になりますね」
もともと県職員として商工部などに所属。地場の中小企業をサポートするなど尽力してきた。スポーツ推進基金に移った翌21年、体操と新体操の世界選手権を北九州市で開催したチャレンジに関わった。
体操と新体操の同大会が同時期に同一都市で開催されたのは、体操のそれが1903年に始まって以来100年を超える歴史で初めてのこと。東京オリンピック(五輪)後、初めて国内で行った国際大会であり「バブル方式」「ワクチン検査パッケージ」をフル活用して初めてフル有観客を復活させた、世界的にも話題になった大会を手掛けた。
「財団の目的、ミッションは大きく2つあります。1つは福岡県ゆかりのアスリートやチームを支援すること、もう1つが国内外の大規模スポーツ大会、イベントの開催になります。その中で今回、このアイスショーを開催しようと思ったのは、既に企画されて世の中にあるものを支援する考え方はもちろん持ちつつ、もっと主体的に、福岡県民の皆さん、福岡県の若者たち、スポーツの未来を担う子供たちに対して、スポーツの素晴らしさ、アスリートのすごさ、ひたむきな姿を『直接』見せる場をつくっていかなければいけないんじゃないか、という話になったからなんです」
発端は、わずか半年と少し前のことだった。23年5月、観光庁の観光再始動プロジェクト2次公募に申し込む。アジアの玄関口である福岡に国内外から観客を集め、かつ「参加型」としてアイスショーを開くことが翌6月に承認され、急ピッチで準備が進められた。
「スポーツという切り口で、インバウンドをかつての水準に戻したい。そのために提供したいコンテンツと、子供たちにアスリートのすごさを体感してもらいたいというコンテンツが、非常に近いものがあるなという話になりまして。そこで、観光庁の力を借りながら場面を創出したいと動き始めたことが、今回のショー開催に至った経緯です」
そのため、スタート段階から「フィギュアスケートファン」と「なじみのない老若男女」の双方をターゲットに「年齢制限を設けず0歳児から入場可」「日本にお住まいの方も、外国人観光客も」等々の案が次々と生まれることになった。
「ある意味、今のアイスショーと逆張りしてみようと。現在は、コアなフィギュアスケートのファンに支えられていると思うのですが、会場に行ってみると、やはり結構な高額チケットだなという印象も強くありまして。その中で我々、県という行政の立場から申し上げますと、やはり広く県民の皆さまに親しんでもらいたい、楽しんでいただく場を提供したい。さらに『飲食禁止』『撮影禁止』『未就学児禁止』と禁止事項が多くて。それなら、なかなか生で見る機会がないフィギュアスケートを、もっと身近に感じてもらうために全てOKにできないか、と。その方向で趣向を凝らしていったところ、食事を提供しよう、一部の席ですけれどもアスリートの許可を得て写真撮影も許可しよう、と多くの企画が実現していった次第です。1人でも多くの方に触れていただきたいので3000円のお席(B席)も数多く用意させていただきました。あまり5桁(1万円)を下回らないイメージの中、これくらいの値段設定が必要という判断になりました。もちろんスケーターの皆さんとも相談しながら」
基金の職員は中平稔人事務局長や奥原氏ら、実質4人。それが、わずか半年で開催にこぎ着けるショー。キャスティングなどは各方面の専門業者に依頼しながら、音楽ライブ、お笑い芸人の参加など、想像以上に企画が膨らんでいった。
「これまでもグランプリ(GP)ファイナル(13年)など開催してきた実績はありますが、あくまで主催は競技団体で、こちらは大会の開催都市として会場の選定などに関わる程度で。県がしっかり絡むアイスショーとしては初めてになりますね」
当然、採算も度外視できない。SS席2万3000円や1卓75万円(4人まで)のVIP BOXなど、最高級のもてなしも用意している。
「海外ではスポーツとホスピタリティーの関係性、かなり高くて。VIPの方々に相応のお金を出していただく代わりに、質の高いホスピタリティー、リターンを用意する文化があるんです。昨年(5月)隣県にオープンしたSAGAアリーナさんも、その点が充実した施設だと聞いておりますし、徐々に、そういう文化が日本の中にもできつつあるんだなと。そこでアイスショーと食事という掛け算を今回、考えました。それなりの値段ではありますけれども、その分のホスピタリティーを提供して、お返しできるように。また、どの席でも食事は可能ですので、施設外のキッチンカーで温かい食事やスープなどを買っていただき、休憩時間だけでも寒いリンクサイドに持ち込んで、お召し上がりいただければ『いいね』と、おっしゃっていただけるのではないか、という考えをベースに準備を進めてきたつもりです」
「バンケット」まで実現させて、公演後の27日夜には宴を開く。
「やはり『体験』というものが、すごく大事だと思っておりまして。あの体験があったから『また見に行きたい』『フィギュアスケートが好きになった』という形でつながっていくといい。全ての人にご出席いただける規模ではないんですが、そのような場を設けたいなと。あとは、実際の競技会場にいるジャッジ、カメラマン、アナウンサー、リポーターという職業体験をする機会も、めったにないのかなと思いますので、ぜひ興味を持っていただけましたら」
【公演日程】
2024年1月26日(金)開場17時/開演18時
2024年1月27日(土)開場15時/開演16時
2024年1月28日(日)開場15時/開演16時
【会場】アクシオン福岡県立総合プール特設スケートリンク(福岡市博多区東平尾公園2-1-4)
【主な出演者】鈴木明子、安藤美姫、カロリナ・コストナー、本郷理華、PRINCE ICE WORLD TEAM(小林宏一、小沼祐太、吉野晃平、松永幸貴恵、佐々木優衣)無良崇人、橋本誠也、Shuta Sueyoshi(AAA末吉秀太)キム・ソンジェ(SUPERNOVA)JGジュノ、トレンディエンジェル、トータルテンボス、よしもとマッシュルームズ(敬称略)
開幕まで1週間強。奥原氏は、多くのファンを迎え入れる日を心待ちにしている。
「もちろん満杯にして盛り上げていただきたいと考えていますし、チケットは直前まで用意して、最後の追い込みをしているところです。スタッフとしては、あらためて流れを確認して役割分担を明確にしています」
成功を思い描きつつ、最後に強調したいことがあった。
「今回、残念ながら会場に来られない方にも、このようなイベントを福岡県が実行していることを知ってもらうことが、ものすごく大事なのかなと。実際、来ていただいた方から話が広まったり、次回に誘っていただいたり、となれば。正直、今回が単発とは考えておりません。1回だけやって終わりではなく、こういう取り組みを県民の皆さんに知っていただき、楽しんでもらうために活動は継続的でなければなりません。良かったところ、改良すべきところを次回に生かすことを前提に、ぜひ多くの方々に来場いただき、ご意見をちょうだいできれば、一緒に作り上げていければ、うれしいです」
公演タイトルに込められた願い、そのものだ。ビギニング-。26日、新基準になる可能性を秘めた3日間が幕を開ける。【木下淳】