<レスリング:女子国別対抗戦W杯>◇第1日◇15日◇東京・小豆沢体育館

 お父さん、勝ったよ-。レスリング女子55キロ級で五輪3連覇を含む世界大会14連覇中の吉田沙保里(31=ALSOK)が、悲しみを乗り越えて勝利をつかんだ。11日に父栄勝(えいかつ)さん(享年61)をくも膜下出血で亡くし、わずか4日後の試合で2戦2勝。鐘雪純(中国)には父と磨いたタックルで11-0のテクニカルフォール勝ち、エジド(ハンガリー)には開始26秒のフォール勝ちとした。今日16日のロシアとの決勝で、2年ぶり7度目の優勝に挑む。

 圧倒的な速さだった。そのタックルは、防御姿勢の腹ばいにもさせない。中国戦。吉田の体が低く、鋭く、鐘雪純の体にめりこむと、マットの中心から、場外付近まで一気の“電車道”。1分22秒、あおむけに倒して4点を獲得。その“道”の先、マット脇では、日本代表の栄監督が持つ父の遺影が、スタンドからは母幸代さんが見守っていた。

 吉田

 遺影を見ると「うるっ」ときましたが、でも、一緒にマットに上がっている気になれて心強かった。

 昨年の世界選手権代表の相手に、序盤は慎重な組み手争いを繰り広げたが、父と作り上げた高速タックルが決まると、あとは一方的。第2ピリオドも得点を稼ぎ、11-0の圧勝。勝利の瞬間、父の遺影のある方に右手でガッツポーズした。

 精神的ショックは計り知れなかった。11日の突然の別れ。それから、自宅で父と一緒に過ごした。苦楽をともにした思い出。「ずっと話していた」。そして決意した。「天国から見てくれる。絶対に『出ろ』と言う」。13日の通夜、喪服姿で出場を表明した。14日の告別式。都内での計量に間に合うため、火葬場に向かう霊きゅう車には乗り込まず、涙を流して見送った。

 W杯だったことは運命的だった。01年12月の全日本選手権以来、12年間で負けた2回がこの大会。08年は米国のバンデュセンに0-2の判定負け。タックル返しで連勝を「119」で止められた。北京五輪前の不安は、「攻める姿勢を変えてはいけない」という父の言葉で消し飛んだ。12年はロシアのジョロボワに1-2の判定負け。またもタックルを返され、迷いが生じるなか、父は「小さいころのタックルを思い出せ」と諭した。「攻めろ」「タックルだ」。その口癖、その絆を再確認し、原点回帰した場でもあった。

 この日の攻める意識は、続くハンガリー戦でも変わらなかった。開始直後に相手を抱え込んで後ろに回ると、そのままあおむけに返してフォール勝ち。今大会が初の53キロ級の試合だったが、影響を感じない「霊長類最強女子」らしいわずか26秒の圧勝劇だった。

 今日16日の決勝はロシア。「優勝しないと父も喜ばない」。天国に最高の報告ができるよう、娘は今日も攻める。【阿部健吾】