<柔道:世界選手権>◇13日◇男子無差別級◇東京・代々木第1体育館

 男子無差別級で上川大樹(20=明大)が「最強世界王者」リネール(フランス)を下して世界一となった。準決勝で鈴木桂治(30)から1本勝ちを奪うなど、豪快な柔道を展開。決勝では延長戦までもつれ込みながら、鋭い支え釣り込み足を連発した。旗判定で2-1の接戦を制し、一気に世界の頂点に上り詰めた。12年ロンドン五輪へ、エース不在の100キロ超級に希望が生まれる優勝となった。男女無差別級の優勝で、日本は世界選手権で過去最多となる10個の金メダルを獲得した。

 上川が最強の世界王者を何度も畳の上にひざまずかせた。規定の5分間を耐えて迎えた延長戦。それまであまり見せなかった支えつり込み足を放ちだす。「相手が伸びきっていたので、引っ掛かるかなと」。ポイントこそ奪えなかったが、約20センチも高い204センチの相手が面白いように3度もバランスを崩した。決着は旗判定へ。白い柔道着を着た上川に対し白2本の旗が上がると、会場は拍手喝采(かっさい)の日本人ファンとブーイングの外国人で混在した。番狂わせを上川が引き起こした。

 相手は07年に世界選手権を史上最年少の18歳で制し、今大会も含め4年連続で優勝(階級は別)。同選手権では不敗を誇る世界最強の男だ。井上康生も1度も勝てなかった。対する上川は世界ランク32位。国際大会で優勝経験はない。今年の全日本選手権は東京都予選で敗れた。そんな男が「勝てる確率?

 3%ぐらいと思っていた。この優勝は五輪の次ぐらいに価値がある。でももう一生、リネールとは戦いたくない」と無邪気な20歳は笑った。

 豪快な内またなど、1本を取れる力は早くから未完の大器として期待されていた。足りなかったのは精神力。吉村強化委員長は「あんな甘ちゃん見たことがない」という。柔道を始めた動機も、らしさにあふれている。「道場が夏はアイス、冬はジュースをくれるから」。代表合宿では男子代表の篠原監督から「お前はグリコのおまけのおまけのおまけや~」と怒声が飛んだ。

 同監督から最も絞られた選手だが、右から左へ聞き流せる「大物」でもあった。初の世界大会となる試合前日も広島から上京した家族とそば屋へ。弟で11歳の直幹(なみき)くんと「アッチ向いてホイ」に興じるなどリラックスしていた。

 大会が始まれば豪快な1本勝ちを連発。準決勝もかつてのエース鈴木から1本勝ちを収めた。遠くにしか見えなかった12年ロンドン五輪が現実として視界に入ってきた。「決勝前に兼三さん(中村コーチ)に『これで五輪に近づけましたかね?』と聞いたら『優勝したら近づける』と言われて頑張った」とユルい?

 やりとりを明かした。あの北京五輪金メダルの石井慧をほうふつとさせる実力、言動を持つ若き柔道家。その男が小学校の卒業文集で記した「五輪で金メダルを取る」という夢は、この日、確かな目標へと変わった。【広重竜太郎】