ボールをリリースする瞬間、指先に余分な力が入る。ボールが指先に引っ掛かり過ぎて右打者の外角低めへ。キャッチャー、必死に腕を伸ばして捕球しようとするも、ボールはミットをかすめて後方に。逆に手首に力が入りすぎると、指先からボールがスッポ抜けてバッターの頭上を通過する。投げた本人に意に反する投球がまだまだ多い。反面、ファームの選手では絶対に打てない球速と力のある申し分ないストレートを投げ込むが、やはり不安は拭えない。この日の内容では“1軍復活”は無理とみた。

 6月10日のウエスタン・リーグ。甲子園球場は対ソフトバンク戦で先発した注目の阪神・藤浪晋太郎投手(23)のピッチングである。調子がいいのか…。悪いのか…。あらゆる角度から検討してみても現状で判断するのは難しい。

 振り返ってみる。立ち上がり、先頭の本多にはストレートの四球を与える。続く高田に2球目を中前打。初回から無死1、2塁のピンチを背負う。先行き不安だらけ。どうなることかと思えばクリーンアップを迎えて牧原、長谷川、釜元を全く寄せつけず“力”で3者三振にねじ伏せた球速はマックス155キロ。なんと1イニングでいい顔と悪い顔の両面をのぞかせる「これが藤浪なのか」。6イニングで三振11を奪ったかと思えば、投球数は116球。普通なら完投した時と同じほど。球数が多いのはコントロールが定まらない証である。

 今シーズンのマウンドは1軍のペナントレースでも“乱調”のレッテルがはられるスタートだった。四球を連発することがあれば、死球もありで自滅するケースもあった。それどころか開幕当初のヤクルト戦で藤浪が与えた死球が原因で乱闘騒ぎが勃発したのは、まだ記憶に新しい。要するに今季の同投手は本来のエースらしいピッチングは皆無に等しい。現在は最悪のイメージを持ったままの降格。精神的にもがき苦しんでいるのは間違いない。プロ入り初の分厚い壁。さてどう払拭(ふっしょく)するか注目したい。

 私もそうだった。苦しい同投手の胸の内を察してみる。何事にも関わりたくない。構わずに放っておいてほしい。しゃべりたくもないのが本音だろうが、この日の帰り際きちっと立ち止まってインタビューに応じるあたりは立派。これもファンサービスの一環であり、マスコミに対しての義務でもある。「今日は、ボール自体はよかったと思います。まっすぐが指にうまくかかったときは打たれる気がしないぐらいの球がいっていました」。この時点での表情は柔らかめだったが、復活の手応えは「もっと変化球でストライクを取ったり、ファウルを打たせるぐらいにならないとね。球数も少ないにこしたことはありませんから」と険しい表情。あたかも、自分に言い聞かせているようだった。

 掛布監督は「今日の内容で判断するのは難しいね。でも、試合は壊していないし、ファームのバッターでは打てないような球は結構あったわけだから、そのいいボールのイメージを持って次のマウンドに上がってほしい」とプラス思考だったが、久保ピッチングコーチは「右バッターはまだ意識していますね。もう少し時間をかけた方がいい」と見た。この日の内容は1、2軍のピッチングコーチの間で、事細かく話し合っているはずだが、現在1軍のペナントレースは広島と激しく首位争いをしている真っ最中。阪神の投手陣には必要不可欠な存在だけに気になる。

 残念ながら課題は修正されないままだった。今回の患い。体調の問題ではない。体力の問題でもない。かといって技術の問題でもない。2軍落ちの原因は過度な意識だという。厄介なものをかかえ込んでしまったがファームにおりてからの行動に「復活間違いなし」の確信を持つ出来事を見た。「初心、忘るべからず」の言葉があるが、鳴尾浜球場で行われた練習後のことだった。「年下がやる仕事ですから」。練習道具の後片付けをする姿は、まさに初心の精神を持った選手に映った。人気は抜群、素材も申し分なし。チームの威信にかけても復活させてほしい選手である。

【本間勝】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「鳴尾浜通信」)