5・22虎狩りデビューだ!

 オリックスは28日、ヤンキースをFAになった井川慶投手(32)の獲得を発表した。2年契約で推定年俸は1億円プラス出来高、背番号29。古巣阪神との交流戦に「間に合うならそうしたいですけどね」と意欲をみせた左腕。05年の阪神優勝時に岡田監督の胴上げに遅れた苦い思い出を、オリックスで晴らす。

 投げられる喜びに、あふれていた。井川が開幕2日前にオリックスと正式サインを交わした。6年ぶりの日本復帰で、恩師岡田監督が指揮をとる新天地を選んだ。5月22日からの阪神2連戦(京セラドーム大阪)での登板意欲を聞かれて、こう口にした。

 井川

 間に合うならそうしたいですけどね。

 実現すれば、あまりにも刺激的なデビュー戦だ。阪神のエースとして5年連続2桁勝利、2度のリーグ優勝に貢献した。岡田監督の後押しを受けて、入札制度でヤンキースに入団。そんな左腕がホームで岡田監督とともに虎を狩る。

 可能性は高い。井川は故郷茨城で自主トレを続けて、投球練習を6回程度行った。次はフリー打撃登板で打者との感覚をつかむ段階。現在の仕上がりに「ピッチングは一応できるので、イメージ的にはキャンプ中という感じですかね。5割ぐらいじゃないですか」と明かす。一般的に主力投手は2月中旬ごろに打撃投手を務めるため、開幕まで1カ月半という時期。1カ月半後は5月中旬で、岡田監督は「ファームで実戦を1回、投げることになると思うけどな」と話している。もちろんベストパフォーマンスに戻すことが最優先だが、5・22虎狩りはスケジュールもピッタリだ。

 恩師と歩む二人三脚。オリックスの他、ゆかりのある阪神や楽天がUターン獲得に興味を示していた。井川は移籍先を決めた理由として岡田監督の存在を挙げた。

 井川

 高校から入団して、監督は当時ファームの打撃コーチで、同じチームでずっと監督のもとでやっていた。一番知っている方でもあるし、自分の中で恩師でもある。

 岡田監督とは今年1月に顔を合わせて、電話でも交流してきた。「アメリカでやりたいという気持ちもあったが、ベストだと思った。一員になった以上は優勝を目指して、1日でも早く合流できるように」。

 心残りがある。井川は05年のリーグ優勝時に、岡田監督胴上げに遅れて、参加できなかった。岡田監督は「あいつは胴上げしてないからなあ。間に合いませんでしたって、いうとったからなあ」と苦笑い。もちろん井川も覚えている。

 井川

 あの時はもう1歩だったんですけど、参加できなかった。今年は何とか自分の手で胴上げできるようにやっていきたい。

 3球団目のオリックスで、恩師のためにも存分に左腕を振るう。【益田一弘】

 ◆井川慶(いがわ・けい)1979年(昭54)7月13日、茨城県生まれ。水戸商高から97年ドラフト2位で阪神入団。03年には20勝5敗で18年ぶりのリーグ優勝に貢献し、リーグMVP、沢村賞。04年には無安打無得点試合を達成。ポスティングシステム(入札制度)を利用し07年から米大リーグ、ヤンキースに移籍。5年間でメジャー通算2勝4敗。185センチ、95キロ。左投げ左打ち。

 ◆井川の胴上げ不参加

 阪神が2年ぶり5度目の優勝を飾った05年9月29日、岡田監督の胴上げの輪に井川の姿はなかった。登板予定がなく試合中は西宮市内のジムでトレーニング中。試合進行が早く、球団広報は「タクシーに乗り遅れたそうです」と「遅刻」を説明した。その後の祝勝会には姿を見せたもののアルコール嫌いの井川はビールの臭いが充満した空気に終了間際にダウン。ナインが出演した深夜のテレビもすべてキャンセルした。