西前頭筆頭の嘉風(33=尾車)が10度目の挑戦で、横綱白鵬(30)を初めて破った。激しい突き、押しを繰り出して、最後は引き落とし。“幸運”を呼ぶ愛夫人(36)と長女の梨愛(りな)ちゃん(6)らが見守る前で、昨年秋場所の鶴竜戦以来、自身3個目の金星を奪った。

 帰り際に“勝利の女神”が駆けてきた。最愛の家族だった。嘉風ははしゃぐ梨愛ちゃんを「重いな」と笑って抱えた。そして女神から祝福のキスを授かった。

 長男凌聖くん(1)こそ来られなかったが、愛夫人と2人が国技館にいた。大事な一番のときに来てくれる家族。訪れていた昨年秋場所も、鶴竜から金星を奪った。今度は初めて、最強横綱を倒した。「あげまんというか、あげ家族です。面と向かって言うと『気持ち悪い』と言われるので、後でこっそりLINEします」と心から感謝した。

 10度目の白鵬戦を前に、1つのツイッターのつぶやきに、目が留まっていた。「横綱はめちゃくちゃ気合を入れていくから、嘉風はかち上げの餌食になる」。

 ドキッとしないわけはない。だが、安易な引きに頼った初日の相撲に、大きな後悔があった。「目いっぱい力を出すこと、土俵の上で楽しむこと」。夏場所から連続2桁勝利の要因のこの2つができなかった。だから腹を決めた。「恐れたら自分らしさが出ない。昨日と同じ思いはしない」。

 取組は無我夢中だった。絶え間なく手を出した。横綱の突き手を引いた瞬間、ばったりと両手をつかせた。だが、途中で見合った以外は何も覚えていない。観客の大歓声が、勝利を教えてくれた。「信じられないというのは、こういうことなんだと思った。すげえな、オレ。勝ったんですね。ビデオを500回は見よう」と夢見心地だった。記憶はなくとも、体は覚えている。この日の相撲が、楽しかったと。【今村健人】