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2005.06.26付紙面より
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写真=インタビュー中とても19歳とは思えない大人っぽさをかもし出していた上野樹里さん。大人のお楽しみ? マッサージチェアでリラックスしてもらうと一転「あ〜し〜が〜折〜れ〜る」と振動に声を震わせながら、飛び切り少女っぽい笑顔を見せてくれました。癒やし効果抜群でした |
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(撮影・水谷安孝) |
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ひまわりさいた
「芝居もできるようになったら、ええのになあ」。母親の言葉が、女優を目指すきっかけだった。上野樹里(19)。昨年の映画「スウィングガールズ」で見せた屈託のない笑顔が、世間のハートをわしづかみにし、10代の女優で実力、人気ともに抜群の存在に躍り出た。学校生活に違和感を覚え、モデルのオーディションに応募したのは15歳の夏。合格を知らせる直前に母親は病気で他界した。女優として自信がついた時、墓前に感謝の気持ちを伝えるつもりだ。
あこがれ
「女優になるつもりはなかったんです。台本を読んで暗記して、監督に怒られるみたいなイメージでしたから。絶対に嫌だなと」。
インタビューは意外な言葉から始まった。「スウィングガールズ」では、テナーサックスを猛特訓。NHK朝のテレビ小説「てるてる家族」(03年)では、朝から夜中までスタジオの缶詰め状態が半年間続いた。中途半端な気持ちでは“完走”できない仕事ばかりだが…。
上野は、兵庫・加古川で生まれた。小学生の時はおてんばだった。いじめっ子を蹴飛ばして泣かした。坂道を1輪車で猛スピードで下ったこともある。部活は陸上部。短距離選手だった。「スウィングガールズ」で、友人を騒動に巻き込む主人公を演じたが「昔の自分によく似ていました」。中学1年のある日、長距離走で、胸が急に苦しくなった。体調不良は精神的なものが原因ではと言われた。そのころ母親が患っていた。陸上はあきらめた。
「家でよくバラエティー番組を見ていましたが、姉が(女性4人組の)『SPEED』が好きで音楽番組に変えてしまうんです。何となく見ているうちに、楽しそうに見えた。歌がうまくてダンスもできて、みんなに応援されて。学校だけでは味わえない大きな世界があるなと。人に元気を与えることができる仕事なんだと思えました」。
級友に相談すると、ファッション誌にモデル募集広告があると教えられた。姉の部屋のファッション誌をめくり、迷わず応募した。
「昔から体育、音楽、図工、理科の実験とか、実践するものが好きでした。何のために頭だけ使って難しい勉強をするのだろうと疑問に思ってた。みんなと同じように高校、大学に進学して割り切って就職する。そういう生活はできそうにない。だから芸能界に興味を持ったのかも知れません」。
グランプリは逃したが、芸能事務所にスカウトされた。事務所社長が両親のもとを訪れた。両親は反対しなかった。毎月1回、上京してCMオーディションを受けた。初オーディションは「ケンタッキーフライドチキン」だった。
「おいしそうに食べればいいんだなと思って、大口開けてガブッと食べました。ほとんど全部口の中に入ってしまって、モグモグってなっちゃって、何もしゃべられなくなりました(笑い)」。
兵庫から東京まで新幹線で3時間。行きはオーディションのことを考え、帰りは反省の時間。7回受けたが、最終審査の壁が厚かった。そんな時、母親が亡くなった。直後に「クレアラシル」のイメージガール合格の通知が届いた。CMで笑顔を見せ、雑誌のグラビアを飾る娘の姿を母親は見ることはなかった。亡くなって、母親の言葉を思い出すようになった。中学時代のある日、家族でドラマを見ていた時のこと。地元出身の女優が出演していた。モデルを目指す娘に向かって母親が言った。「芝居もできるようになったらええのになあ」。
「オーディションに合格した時も、モデルや歌手にあこがれていたのですが、母の言葉がどうも引っかかって。事務所の社長の薦めもあって、やってみることにしたんです」。
とまどい
無我夢中で女優の仕事に取り組んだ。初めてのドラマは戸惑いが多かった。
「1話から3話まで、3冊の台本を飛び飛びに撮ったドラマがあって、速いペースについていくのが大変でした」。
映画デビュー作「ジョゼと虎と魚たち」(03年)の撮影現場は一転して、ゆったりとした雰囲気が印象的だった。
「泣く芝居で、気持ちが高まるまでスタッフが待ってくれました。自分に合っていると感じました」。
青春映画「チルソクの夏」(04年)では、陸上部員役。撮影前の2週間の合宿で、スタッフに「そこまで練習しなくていいよ」と言われるまで走り続けた。女優いしだあゆみの4姉妹を描いた群像劇「てるてる家族」は、つらい思いもした。カメラ6台が同時に各出演者をとらえて編集する。三女を演じたが、自分の演技が放送されることは少なかった。
「芝居自体は楽しかったのですが、必要とされていないような気がしてきて。少し落ち込みました」。
両親役の岸谷五朗と浅野ゆう子から励まされた。「あなたは大輪の花を咲かせる素質がある。頑張りなさい」。その言葉を胸に半年間の収録を乗り切った。
続く映画「スウィングガールズ」で、コメディエンヌの才能を発揮した。茶の間で家族とくつろぐ場面。寝そべって本を読んでいる時、矢口史靖監督から、リラックスした雰囲気を狙って「鼻をほじって」と注文が出た。躊躇(ちゅうちょ)なくやってみせた。イノシシに襲われる場面では、鼻水を垂らした合成カット。現場では事務所スタッフの親心と、自分のサービス精神が“衝突”した。
「鼻をほじる場面では事務所スタッフが反対しましたが、面白いからいいじゃんと平気でやりました。キレイに映りたいという気持ちはあまりなくて、お客さんが楽しめる面白いものになればいいって考えちゃう。何で分かってくれないんだろうと少し落ち込みました。鼻水のシーンも、映画の完成前にスタッフから『はな垂れ女優って一生言われるぞ』って怒られたのですが、試写を見たらスタッフも大喜びしてました(笑い)」。
最新の主演映画「亀は意外と速く泳ぐ」(三木聡監督、7月2日公開)も、コメディー。スパイ募集の張り紙を見つけた平凡な主婦がスパイ活動を始めるという奇想天外な物語。指令は「平凡に過ごすこと」。日常のささいなことを、不思議な視点で見つめる主人公の姿が、映画「アメリ」のヒロインをほうふつさせた。
「ゆるいテンションの作品で、間(ま)の芝居を大切にしました。計算せず、感じたままに演じてみました。そういう笑いの方が、お客さんに楽しんでもらえそうな気がして。自分の中の笑いに対する意識も深まったと思います」。
よろこび
恵まれた資質を持っている。撮影現場で、共演者に対して余分な緊張感を抱かないのだという。
「どんな立場の方でも、役同士で接することができるんです。まあ、どの方がどれぐらい大物か、知らなかったこともありますけど(笑い)。役に入り込む、役をつくるという感覚は分かりませんが、いつの間にか、その人になっているんでしょうかね」。
言葉からは、女優の仕事を心から楽しんでいることがびしびし伝わってくる。
「年齢など関係なく魅力的な方が多い。普通の家庭だったら、高校生の娘とサラリーマンの父親は、同じ家に住んでいても、どこか違う世界に住んでいるような感覚があるじゃないですか。でもこの仕事は、同じ目的に向かって、世代を超えていろいろなお話ができますから」。
一瞬で周囲を明るくする屈託のない笑顔。ハキハキと自分の考えを話す強さ。ピンと伸びた背筋…。真夏の日差しを浴びてすくすく育ったひまわりの花そのもののような印象を受ける。そして来年20歳を迎える。
「思うがまま、ありのままで生きていきたい。あとは器用になりたくない。身につけていないことを格好よく見せられる方ではないので。うそっぱちの薄っぺらい演技になるような気がするんです。それに、同じ時期に仕事を掛け持ちすることも苦手。私は不器用のままでずっといたい」。
多忙で、帰郷する機会が減った。当人は女優として納得する結果を出した時、母親の墓前で手を合わせるつもりだ。しかし「大輪の花」はもう咲いているのかもしれない。
優れた表現者
映画「亀は意外と速く泳ぐ」の三木聡監督(42)
撮影現場では、ほかの監督ならもっと主演女優として気を使うのでしょうけど、結構ほったらかしにしました(笑い)。それでもできてしまう人なんです。決して器用なタイプではありませんが、私が考える作品の世界にとても素直に反応してくれる。自分が面白いと思えれば、普通の大人が持つ「自分をよく見せたい」という壁を、ジャンプして乗り越えることができる。表現者として、とても大切なものを持っていると思います。そのセンスを保ち続けてほしいですね。
◆上野樹里(うえの・じゅり)
1986年(昭和61年)5月25日、兵庫県生まれ。01年「クレアラシル」のCMでデビュー。02年NHK月曜ドラマシリーズ「生存〜愛する娘のために〜」でドラマデビュー。03年NHK朝のテレビ小説「てるてる家族」04年TBS「オレンジデイズ」05年フジテレビ「エンジン」に出演。映画は03年「ジョゼと虎と魚たち」でデビュー。04年に日本アカデミー賞新人俳優賞、ヨコハマ映画祭の最優秀新人賞を獲得。今年は「サマータイムマシン・ブルース」も公開。167センチ。血液型A。
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