新潟にMF本間勲(35)が戻って来た。栃木から2年半ぶりに復帰した。

 地元出身、00年から14年8月まで在籍し、「ミスターアルビレックス」とサポーターら絶大な指示を受けていたボランチ。不在の間、空き番号になっていた「15」を再び背負う。「またこのユニホームを着られることがうれしい」。新体制会見では落ち着いた口調で意欲を表現した。2年連続15位の低迷から脱出が目標のチームにどのような好影響をもたらすのか、周囲の注目度は高い。


新体制発表会見での三浦文丈監督(左)と本間勲(撮影は1月11日)
新体制発表会見での三浦文丈監督(左)と本間勲(撮影は1月11日)

 4月には36歳になるチーム最年長者だ。栃木ではJ2で1年半、J3で1年プレーした。下部リーグで下位に低迷したチームからベテランの補強。的確なゲームメーク、ボール奪取など円熟味を増した部分は多いだろう。ただ、戦力面を期待して、伸び盛りの若手獲得するのとは、事情は明らかに違う。

 「ひたむきに、泥くさく」。本間のプレーはこう表現するのが最も適している。173センチ、67キロと小柄で細身。特に当たりが強いわけではない。闘志を前面に出すよりも、むしろポーカーフェース。爆発的な突破力や速さを発揮するタイプともいえない。ピッチ、そして練習でも見せているのは最後まで走り、ボールを追うこと。どんな相手にも体を張り、劣勢になってもあきらめない姿勢だ。

 06~09年に新潟を率いた鈴木淳元監督(55)はかつて「新潟らしい選手とは、本間のようなひたむきな選手のこと」と評価した。今季主将を務めるDF大野和成(27)は言う。「理想の主将像は勲さん」。本間の姿はいつしか新潟が目指すべきサッカースタイル、チームの象徴になっていた。

 本間が去った後、新潟の順位は12位、15位、15位。戦力的に劣っていたとは思えない。チームの結束力もあった。ただ、追い詰められたとき、ピッチ内外で選手が見るべき背中があったのか。少なくとも本間以上に周囲を納得させられる存在はいなかった。

 年齢的にも、前回在籍時以上のプレーをするのはコンディション次第だろう。それでも「ひたむきさ」を失っていない限り、存在の大きさは変わらない。ある意味、今季の新潟にとって最大の補強と言える。


川崎F中村憲剛(下)と激しく競り合い、V字開脚ポーズの新潟本間勲 (撮影は2009年7月11日) 
川崎F中村憲剛(下)と激しく競り合い、V字開脚ポーズの新潟本間勲 (撮影は2009年7月11日) 

 ◆斎藤慎一郎(さいとう・しんいちろう)1967年(昭42)1月12日、新潟県出身。15年9月から新潟版を担当。新潟はJ2時代から取材。サッカー以外にはBリーグ、Wリーグのバスケット、高校スポーツなど担当。