「やろうよ!」企業のプレゼンみたいに一気に口説いた
フィギュアスケート・アイスダンスのアシスタントコーチから現役復帰を決めた立野在(ある、23)の五輪に対する情熱は、パートナーの想像を超えていた。1度は現役引退の意向を固めながら、立野とカップルを組むことになった平山姫里有(きりあ、21=ともに倉敷FSC)は明かした。
「今年の春、在くんと組むことに決めた時も、最初は『とりあえず1年頑張る』といった気持ちでした」
立野が夢見る22年北京五輪は、1年では到達できない場所だった。全日本選手権の予選会となる、西日本選手権を控えた20年10月。ある一般営業の滑走日に立野は隣の平山を口説いた。
「何げない話をしている時に『今だ!』と思ったんです。それで『スケートをやめたい理由もないでしょう?』『五輪を目指せるところにいるんだから、やろうよ!』って…。企業のプレゼンテーションみたいに、一気に口説きました」
平山にとって、それは過去のアイスダンス人生にない挑戦を意味していた。
中1から毎年カップル解消 競技の難しさ感じる平山
スケートに出会ったのは小1だった。ある日、小学校で「スケートやりませんか?」と書かれたプリントを受け取り、車で約20分のウェルサンピア倉敷(現ヘルスピア倉敷)を訪れた。
「他に何もしていなくて、率直に『スケートすごく楽しい!』と思いました」
高橋大輔、田中刑事らを生んだ倉敷FSCに入り、3年ほどが過ぎた。小4のある日、佐々木美行コーチに「スケーティングがアイスダンス向きだよ。やってみたら?」と背中を押された。ダブルアクセル(2回転半)を練習中だったジャンプ以上に、スケーティングが好きだった。最初は断った。だが、倉敷FSCの先輩で、関大在学中にアイスダンスへ転向した平井絵己さん(34)の演技を倉敷で見るイベントがあった。
「実際に絵己ちゃんの演技を見たら『むっちゃかっこいいな!』と思いました。それで今の有川コーチに連絡をして、隣の岡山でアイスダンスを始めました」
ジャンプのないアイスダンスの世界は魅力的だった。のめり込む要素が詰まっていたが、カップル競技の難しさを何度も味わった。
「男の子はシングルをやりたい子ばかり。『1年だけやってみる』という子と組むんですが、1年経つとシングルに戻ってしまう。だから初めてパートナーが見つかった中1から、中2、中3と、ずっと1年スパンで相手が変わりました」
アイスダンス一本の男性選手と初めて組んだのが、シニア1年目の18年だった。フランス人のパートナーと練習するため、同国のリヨンに渡った。現役を引退し、同地で活動していた平井さんのレッスンを受け、高みを目指した。だが、またしても1年でカップル解消となった。同じパートナーと過ごす2季目の経験はなく、現在に至っている。
「『なんでこんなことで…』ということでケンカしてしまったり、競技以外の部分も難しさがあります」
ジャンプよりスケーティングに魅力を感じた小6の立野
一方、立野は東京・神宮のアイスリンクで小3からスケートを始めた。平山同様、ジャンプより、スケーティングに魅力を感じていた。小6となったある日、映像でアイスダンスの「コンパルソリーダンス」を目にした。巧みにスケート靴のブレード(刃)を操る姿に「やりたい!」と胸が躍り、すぐに転向を決めた。
中2の1シーズンは、のちに平山も滑るリヨンのリンクで練習を積み、引き出しを増やした。14-15年シーズンからは深瀬理香子と組み、2季目からはカナダ・モントリオールへ渡った。左肩の故障で18年夏に現役引退を決めるまで、腰を据えて練習を積んできた。
2020年。何かに導かれるように、別の道を歩んだ2人が手を取り合った。
「五輪を目指せるところにいるんだから、やろうよ!」-。
立野の説得で、平山の思いも「未知の2季目」に向いた。2季目の21-22年は北京五輪シーズンになる。
「在くんの話を聞いて『五輪を目指したい!』と思えました。『今年で終わり』ではなく、先を見られるようになりました」
立野の志は、ぶれない。
「僕は本当に五輪に行けると思っています。『ビッグマウス』と言われるかもしれませんが、本気で思っています」
2人で挑む最初の大舞台が、今月25日開幕の全日本選手権(長野)となる。アイスダンスのエントリーは5組。3連覇を狙う小松原美里(28)、尊(29)組(ともに倉敷FSC)は同じ岡山のリンクで切磋琢磨(せっさたくま)してきた。
さらには村元哉中(かな、27)とカップルを組み、注目を集める高橋大輔(34=ともに関大KFSC)も出場する。平山、立野の胸には、それぞれ、高橋との思い出が残っている。(つづく)【取材:松本航、撮影:横山健太】
◆「Unlim」への参画
平山・立野組が練習するリンクの利用料金は、貸し切った場合は1時間半で3万6000円。仮に2人で折半すると1万8000円ずつになる。貸し切り費用をまかなうため、彼らはそれぞれがカフェでアルバイトを行っている。現在は大会前を中心にリンクを貸し切って練習するが、平山は「普段は(費用が)高いので、一般営業だけで練習する日が多いです」。
一般営業で滑走する場合、カップル競技は他の利用者の安全面を踏まえ、練習の制限を余儀なくされる。立野は「練習の選択肢を増やすことができれば、僕たちにとって、とてもありがたいです」と成長への意欲を示し、スポーツギフティングサービス「Unlim」への参画を決めた。
◆「Unlim」とは
スポーツギフティングサービス「Unlim」は、「競技活動資金に充てさらなる強化をしたい」「競技の普及につなげたい」「スポーツ全体の発展に努めたい」「スポーツで社会貢献をしたい」など熱い思いを持つアスリートやチームに「寄付」という形で金銭的に支援するサービスです。下記バナーからアスリートへの応援ができます。
プロフィル
- ◆平山姫里有(ひらやま・きりあ)1999年(平11)3月31日、岡山・倉敷市生まれ。小1でスケートと出会い、小4でのアイスダンス挑戦をきっかけに岡山市へ引っ越した。有川梨絵コーチに師事。18年全日本選手権ではアクセル・ラマッセ(フランス)と組んで2位。19年は石橋健太とのカップルで同3位。趣味は料理。150センチ。
- ◆立野在(たての・ある)1997年(平9)8月29日、横浜市生まれ。物心がついた頃には都内で暮らす。スケートは小3で本格的に始め、小6でアイスダンスに転向。深瀬理香子とのカップルで14年から全日本ジュニア選手権3連覇。シニア1年目の17-18年シーズンは全日本選手権3位、4大陸選手権11位。18年夏に左肩の故障で現役引退。今季から平山とカップルを組んで復帰。170センチ。