元幕内宝千山(31=境川)が20日、東京・両国国技館で会見し、同日付で現役を引退して年寄「君ケ浜」の名跡を襲名すると発表した。

 「まさか相撲協会に残れるとは思っていなかったので、感謝の気持ちでいっぱいです。14年間、精いっぱいやってこられたと思います」と語った。

 幕内、十両の在位は合計29場所。年寄名跡を襲名できる条件は「30場所以上」と定められており、従来の規定通りならば、角界を去らなければならなかった。だが、相撲協会はこの日、11月17日の理事会で新たに、2場所足りない28場所でも年寄名跡の前保有者や師匠、保証人(現役年寄)の願書があれば取得できるとする規定を追加していたことを公表。新規定によって救われた形となった。

 三段目まで落ちた九州場所では全勝優勝を飾った。だが、糖尿などの持病があり、師匠の境川親方(元小結両国)は「実は数場所前から、体調に自信がないと聞いていた。(29場所でも襲名可能となり)いい機会だと思い、本人に話すと『お願いします』と。それで今回の運びとなりました。宝千山という男の人間性、指導力を買い、病気やけがで苦労したことも後進の指導に役立てる。地味だがコツコツとまじめにやってくれると思います」と事情を説明し、今後に期待した。

 思い出の一番に、07年初場所初日で初めて対戦した同じ青森出身の若の里戦を挙げて「自分が高校生のころから幕内で取っていて、早く追いつきたいと思っていた人。取組のときはうれしかったです。勝てましたし」と振り返った宝千山。「部屋の後進の指導に、精いっぱいあたりたい」と話した。