下関国際対仙台育英 優勝旗を授与された仙台育英の佐藤主将(撮影・前岡正明)
下関国際対仙台育英 優勝旗を授与された仙台育英の佐藤主将(撮影・前岡正明)

近年も八戸学院光星や金足農が決勝に進んでいたので、東北勢はいつ勝ってもおかしくないと思っていた。それでも一東北人としては、やっと勝ってくれた、と感慨深い。

私は東北高出身だが、ライバル校というより、宮城県が最初でうれしい。昔は雪が積もる冬場に、屋外で練習ができなかった。小さい室内練習場はあったが、本格的な練習はできなかった。仙台育英は寮や施設が整う。学校の協力態勢が素晴らしいし、環境の良さに結果で応えた選手たちも「あっぱれ」だ。

時代が変わった。自分は甲子園で10試合中9試合で完投したが、今の野球は最低2人の投手が必要だ。30年前とは暑さのレベルが違う。育英のように5枚もそろえるのは、時代に合わせた戦い方と言える。84、85年に甲子園に出た時はPL学園の全盛期でもあり、正直、同じ高校生でも力の差を感じていた。今の選手は気後れをすることはないのだろう。

プロ野球の球団が本拠地を置いた影響も感じる。日本ハムが北海道に移った後、駒大苫小牧が優勝した。楽天が仙台に来て、東北でもプロ野球を小さいころから見られる機会が増えた。子供はまねから入るのが上達の近道。野球教室でプロ選手と触れ合ったり、スクールも設立された。出身の子が各高校に進んでいる。

「白河の関」という呪縛が取れた。宮城県はもちろん、他の東北5県も追い付け追い越せでレベルアップするだろう。東北全体に好影響を与えてくれた。

(日刊スポーツ評論家)

東北時代の佐々木主浩(1985年8月撮影)
東北時代の佐々木主浩(1985年8月撮影)