「都立の星」は強くなって帰ってくる。小山台時代、エースとして都立校初のセンバツ出場に導いた経歴を持つ巨人伊藤優輔投手(24)が1日、右肘内側側副靱帯(じんたい)再建術、いわゆるトミー・ジョン手術を受けた。
大学時代にケガから復活を遂げた経験が、今に生きるはずだ。中大3年春の神宮。強烈な打球がワンバウンドして、左膝に直撃した。1度ベンチで治療を受けるも、再度マウンドに戻った。様子をみるための投球練習で、左足を着いた瞬間、崩れ落ちた。左膝蓋(しつがい)骨骨折だった。救急車で病院へ直行した。
選手生命が危ぶまれるケガでも、くじけなかった。松葉づえ生活から始まり、トレーニングに励んだ。4年で復帰するころには、巨大な金属でできた人工靱帯を入れたままマウンドに上がり、最速は150キロまで上がった。社会人の三菱パワーに進むと、人工靱帯を外し、体重と筋力を増加。得意の直球を最速156キロまで上げて、昨年のドラフト4位でプロの世界に乗り込んだ。小山台の福嶋正信監督(65)も「伊藤はケガをしたから良い投手になった」と後輩に話しているほどだ。
3月の2軍戦、投直が今度は右足に直撃した。大学時代の苦い思い出がよぎった。「すごくよくあたるな」と苦笑いで振り返る。それでも、大学時代の“けがの功名”の経験があったからこそ、前向きに捉えた。「それはそれで、大学の時も球速が上がったりしたので、トレーニングをする良い機会だと思って、しっかりするようにしました」とウエートトレーニングや基礎的な動きを見直した。
ルーキーイヤーを終え、1軍登板はなし。イースタン・リーグで16試合に登板し、0勝2敗、防御率4・30だった。社会人卒で岡本和真世代のルーキー。焦る気持ちもあっただろう。それでも、トミー・ジョン手術を受け、1年以上かかると言われる長いリハビリからの再起を目指すことに決めた。きっとこれまでの野球人生のように、伊藤優らしく、強くなってマウンドに帰ってくる。【小早川宗一郎】




