「野球の神様」は、たくさんの人にかけがえのない思い出を残していた。
今月3日、巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄(ながしま・しげお)さんが89歳でこの世を去った。阪神和田豊打撃巡回コーディネーター(62)にとっては、同じ千葉出身の大先輩。「長嶋さんにあこがれて野球を始めた1人だった」。かつての野球少年の頃を思い返した。
和田コーディネーターの現役引退試合は、01年10月1日巨人戦(甲子園)。偶然にも、長嶋さんが巨人の監督として最後の指揮を執った試合となった。
前日の9月30日には、横浜戦が行われた東京ドームで、長嶋さんの盛大なセレモニーが行われたことも知っていた。「もちろん、あんな偉大な方だから。長嶋さんの最後のユニホームの日だったので、比べものにならないぐらい大きな存在で、普通にしたら長嶋さんの最後のユニホームというものが取り上げられる」。自然とそう思っていると、長嶋さんが自分の名前を口にしていたことを、マスコミを通じて知った。「今日は和田の引退試合だから」。その言葉に、感謝の思いがこみ上げてきた。
「それぐらい、自分のチームだけじゃなくて、球界全体のことを考えて常に、言動も行動もされている方。すごく、ありがたい思いがあった」。同郷で「伝統の一戦」を戦うライバル球団同士。顔を合わせるとよく声をかけてもらっていた。打撃コーチ兼任選手になった現役最終年は、特に気遣ってくれたという。「そういうのも気にしてくれて、本当にしょっちゅう声かけてくれて」。敵味方関係なく、野球に携わる全ての人を気に掛ける、大きな長嶋さんの姿があった。
「声をかけられること自体が光栄。ちょっと大きすぎて。そこにいるんだけど、身近な方じゃないというか。野球の神様みたいな方だったので、同じ空間にいるだけですごく貴重な時間という思いはありました」。球界のそこかしこに、長嶋さんの記憶は残り続けるはずだ。【阪神担当=磯綾乃】




