野村さんがどういう野球を実践してきたか? と聞かれれば、多くの野球ファンは緻密なデータを重視した「ID野球」を思い浮かべるだろう。もちろん、単純にデータを活用するだけではない。状況や試合展開において、その場でプレーする選手の性格を考慮し、心理分析をしてデータを活用する。まさに“知将”という呼び名がピッタリの名監督だった。

ただ「根性野球」や「精神論」の重要性を理解し、大事にもしていた。1990年代のヤクルトは強く、毎年のように優勝争い。最大のライバルは巨人だった。そこで勃発するのが「死球」を巡っての攻防で「仁義なき戦い」さながらの“ぶつけ合い”はしょっちゅう起こっていた。「ぶつけ合いは上等や! そうなったら年俸の低いチームが有利。巨人に言っとけや!」とドスの利いた声で激怒する姿に、知将の面影はなかった。

ケンカ両成敗と言うが、この死球合戦はどちらに非があるのか取材した。巨人の選手やコーチに聞いても「あっちが先にぶつけた」という意見が大半。ではヤクルトが故意にぶつけたのかというと、野村監督は「ワシがぶつけろとか指令を出したら、すぐにそう言うヤツが出るやろ。そんなの分かっとるから、言うわけない」と自らの立ち位置を理解している。

選手やコーチを取材しても「絶対にわざとぶつけていない」という答えがほとんどだった。取材にウソを言っている可能性は否定できないが、会話の中でさりげなく話した感じでも、ウソをついている印象はなかった。

要約すると、ヤクルトは故意死球は命じていないが、結果として死球が多い。巨人はぶつけられるから、故意死球を敢行する…といった流れ。どっちもどっちとも言えるが、ヤクルトはわざとぶつけていないのに、巨人は仕返しをするのだから若干、巨人に非があるのでは? そんな風に考えていたが、ヤクルト側の取材を進めると、この「仁義なき戦い」の元凶には、野村監督が大事にしている「根性論」があった。

「弱者の戦術」を掲げるヤクルトが、強い巨人に勝つための戦略があった。「強打者を抑えるために、厳しく内角を突く」は野球戦術のセオリーだが、この部分を徹底させていた。「最初に内角に投げるときは、ホームベース上に乗せない」というチーム方針。しかもプラス条項に「なるべく3球目までに内角球を使う」となっている。

さらにID野球の申し子と言われる捕手の古田は、打者の洞察力が鋭く「内角はない」と踏み込んでくるタイミングで内角を突いてくる。死球が多くなるのも当然だ。

故意でないにせよ、この方針通りに攻めれば、当然死球は増える。野村監督に聞くと「気の弱いピッチャーは内角に投げきれんやろ。チームの方針として決めれば、一生懸命に投げる。自分より強い相手に勝つには必要なこと」とぼそっと答えてくれた。卓越した理論に加え、未熟な技量を補うための根性論を後押しする戦略を立てていた。

ID野球が浸透した終盤には「くそったれ野球」をチームスローガンに掲げようとした。「品がないから却下されたよ」と笑って話したが、野村野球の根底には「ど根性」がある。だから強かった。【小島信行】