<ロッテVS.西武>◇04年7月31日◇千葉マリン

何の科目か忘れたけど、大学時代、一般教養の先生が授業中に「僕は歌舞伎が好きでね」と言い出した。失礼にも俺は「あんな退屈な芝居、どこがおもしろいんですか」と尋ねた。

すると先生は「役者が輝く一瞬があるんです。僕は、それが見たくて歌舞伎座に通っています」と答えた。若かった俺は「ふ~ん、そんなこともあるんですね」と気のない返事をした。そんな昔のことを思い出したのは、2004年(平16)7月31日。千葉マリンでのロッテ-西武戦だった。

その夜は、5回を終わって8-1で西武が大量リード。結果が見えた退屈な試合を、俺はマリンの2階席でぼんやり眺めていた。ところが6回裏に2点を返したロッテ打線は7回に爆発。1点差に迫ってなお2死一塁。代打に送られたのは、入団5年目、1軍定着間もない里崎智也だった。

日刊スポーツ記録室によると、プロ野球の試合で最も多いスコアは3-2だそうだ。以下、2-1、4-3と続く。10-0でもひいきチームが勝てばうれしいというファンもいるだろうが、そんな試合は退屈だ。負けたとしても、7点差を追い上げるスリリングな試合を見られれば、チケット代の元は取った。俺はおもしろい試合だったと満足して帰る。

だが、BoAの曲に乗って登場した里崎を見た俺は、今日はロッテが勝つと確信した。言葉でうまく説明できないのだが、俺には、あの日、ベンチから打席に向かう里崎が輝いて見えたからだ。「役者(選手)が輝くって、こういうことなのか」と、浅学な俺は20年も前の先生の言葉を、ようやく理解した。

この打席で里崎は、中越えに同点二塁打を放ち、延長11回にはプロ初のサヨナラ打で、大荒れの試合に決着をつけた。お立ち台で「夏休みはこれからなんで、花火のように打ちまくります」と宣言する里崎を見て、俺は今、勝敗を超えたスポーツ観戦の神髄に触れているのだと感じた。長く野球を見てきたけど、こんな感覚は初めてだった。

里崎は、この試合を覚えているだろうか。

「サヨナラ打を打ったことは覚えています。前年から1軍に定着したが、このシーズンの春先に膝を手術したばかりで、自分のことで精いっぱいでした。大量リードされた試合では、勝つことはあきらめるかもしれないが、自分の結果を出すことはあきらめません」

チームのためでもファンのためでもなく、自分のために打つ。あの日の夜、俺が見た里崎の輝きは、プロが放つ光だったのだろう。以来、俺は「なぜ熱心に球場へ?」と問われたら、こう答えている。「選手が輝く瞬間を見たいから」。相手のきょとんとした顔がまた楽しい。(つづく)【秋山惣一郎】

ロッテが、対戦カードごとに出していた「マッチカード・プログラム」。里崎さんも登場した
ロッテが、対戦カードごとに出していた「マッチカード・プログラム」。里崎さんも登場した