全国高校野球選手権大会が100回大会を迎える2018年夏までの長期連載「野球の国から 高校野球編」。名物監督の信念やそれを形づくる原点に迫る「監督シリーズ」第8弾は、東北、仙台育英(ともに宮城)で春夏合わせて27度の甲子園出場を果たした竹田利秋氏(77=国学院大総監督)です。寒冷地のハンディを背負いながら、チームを相次いで全国名うての強豪にまで高め、甲子園でも数々の名勝負を演じてきました。それは、広く東北勢による甲子園の「勢力地図」刷新、さらに同地区の「初優勝」近しにも通底しています。同氏の選手育成、チーム作りを、全5回でお送りします。


監督時代の新聞等を広げ思いを語る国学院大竹田利秋総監督
監督時代の新聞等を広げ思いを語る国学院大竹田利秋総監督

東北監督就任から既に11年の歳月を数えていた。故郷の和歌山を離れ、大卒後入行した銀行の“出世コース”を捨て、「高校野球後発地区」だった宮城県のチームの監督に就任した竹田にとって数々の修羅場を乗り越えた自信と実績は、東北を全国に通用する強豪に、自らを気鋭の名将にまで押し上げていた。ある重い課題がのしかかったのは、ちょうどその頃だった。

左腕エース中条善伸の再起を前提とした新チーム作りがそれだった。79年(昭54)夏の甲子園1回戦の済々黌(熊本)戦。当時2年生の中条は、先駆けたセンバツ(対下関商)で2回途中に4連続四球と自滅。ために宿痾(しゅくあ)のように取りつく「ノーコン」を掃滅できず、夏も先発からたった2/3イニングで3連続押し出しを含む5四球、7失点。4回途中いったん下がった左翼から再びマウンドに戻るが、今度は致命的な満塁弾を浴びるなど1死も取れず2度目のKOとなった。東北は5-18と屈辱的な敗戦を喫した。

試合後、竹田は直ちに宿舎自室に中条を呼んだ。「帰ったら何言われるかわからんぞ。もう、野球やめるか?」。中条は「いえ、やめません。何だってやります」と言下に続行を求めた。

「エース中条」にこだわったわけ-。今回竹田の取材で一番知りたかったのが、その真意だった。おもむろに、竹田は話し始めた。

「あの状態なら代替エースとかコンバートを考えてもおかしくない。ノーコンと言われたけど、4回甲子園に出た彼の学年の原動力は、やっぱり中条なんです。県、東北大会、神宮大会ではいい投球をした。でも、なぜか“箱根”を越えるとああなっちゃう」。苦笑を交えて往時を振り返った。

さらに、続けた。「でもその原因を探り、彼を一人前にしてやることが、わたしの大きな仕事と考えたわけです。彼に甲子園で一人前の投球をさせられなければ、わたしは指導者として失格だと」。

不退転の決意でエースの再起に向かった矢先だった。心ない「風説」が、市中を駆け巡り、その渦は街角を1つ曲がるたびに砂ぼこりを巻き込みつむじ風となって、膨らんだ。

チーム一行は、済々黌戦翌日の8月12日午後11時前、特急「ひばり27号」で人影まばらな仙台駅頭に降り立った、はずだった。それが…。

-中傷、非難を恐れて中条だけ寝台で帰ろうとした。だけど怖くなって福島で降りて、逃げた。行方知れずだって。どうやら、世をはかなんで…。

うわさの主には、周囲からの興味本位の視線が容赦なく降り注いだ。多感な年頃、当時どんな気持ちだったか。巨人、南海で投げ、今は巨人のスコアラー室に務める中条に聞いた。「学校に行ったらクラスメートが“あれ、お前生きてるじゃん!?”って。週刊誌にも記事が出たし、なんでここまで言われなきゃいけないんだ、と思った…」。

冷静に言葉をつないでいた中条の口調が、熱くなった。「あの投球が自分の力通りなら、そんなうわさもしょうがないと受け止めた。でも、おれは四球を出さないピッチャーだった。また甲子園に出て結果を残せば周りの人も認めてくれるはずと信じた」。

センバツ時には「秘話」もあった。甲子園直前、左肘を痛めカーブを投げると激痛が走った。それを竹田にも告げず、捕手と「行けるところまで行こう」と打ち合わせた。4連続四球は制球難ではない。カーブを交えたら、球がホームまで届かなかったのだ。

クビを懸けて自らを追い込んだ竹田と、口さがない風評に追い込まれた中条。そして、両者にはさまれた主将、4番らナイン…。竹田の「エース再生」は想像以上に難航を極めた。(敬称略=つづく)

【玉置肇】



◆竹田利秋(たけだ・としあき)1941年(昭16)1月5日、和歌山県生まれ。和歌山工3年春、三塁手で甲子園出場。国学院大を卒業後、いったん銀行に就職し、68年東北監督就任。春9回、夏8回の甲子園出場を果たす。85年仙台育英に移り、春4回、夏6回の出場。春夏通じて計27度の甲子園出場は歴代5位タイ。通算成績は30勝27敗。最高戦績は89年夏、仙台育英での準優勝。96年国学院大監督就任。10年同大総監督就任。高校、大学を通じた主な教え子に安部理(元西武ほか)佐々木主浩(元横浜ほか)大越基(元ダイエー)矢野謙次(日本ハム)嶋基宏(楽天)ら多数。

(2018年2月7日付本紙掲載 年齢、肩書などは掲載時)