1カ月ぶり。鳴尾浜球場をのぞきに行った。キャンプ帰りの阪神矢野2軍監督をはじめコーチ、選手達の真っ黒に日焼けした顔がたくましく見えた。そして、1月には工事中だったトレーニングルームがリニューアル。大きく拡張されて若手を鍛錬する「虎の穴」にふさわしい施設が整った。

 環境は申し分ない。あとは1軍目指して練習あるのみ。グラウンドに目を向けてみると、メモを片手に、あっちで声をかけ、こっちでも声をかけているコーチがいる。背番号86。今季から新たに指導する立場になった安藤優也新育成コーチである。昨年までとは180度の転換。教わる人から教える人へ。コーチとして初めてのキャンプを体験した。「人にものを教えるのはむずかしいもんですね。選手も我々のアドバイスが理解できないと納得しませんからね」(同コーチ)。確かに、故事ことわざに「教えるは学ぶの半ば」の言葉がある。要するに、自分もよく勉強して、教えることを理解していないと相手に伝わらないということ。ある意味、選手時代以上の勉強が必要なのだ。

 ただ安藤コーチには豊富な経験がある。先発投手としてローテーションをきっちり守ったシーズンがあれば、リリーバーとして4年連続して50試合以上マウンドに登ったこともある。16年の現役生活で数々の場面を体験してきた。それは同コーチの財産である。若手をひのき舞台に導いていくための引き出しは、数え切れないほど持ち合わせているはずだが、相手は1人ではない。各投手にはそれぞれの個性がある。

 「そうですね。自分が選手時代にやってきたひとつの理論がみんなに合うわけないですからね」

 その通りである。各投手1人1人の特徴をしっかり把握して、たくさんある引き出しの中から、それぞれの投手に合った資源をひねり出すのは大変だが同コーチ、昨シーズンの2軍暮らしが若手の手本になっていた。信頼されているのは心強い。

 過去、数多くの指導者を見てきた。タイプはいろいろだ。じっくりと、根気よく教えていく人。欠点をずばり指摘していく人。自分がやってきた事を当てはめていく人。その他にも長所を重視するタイプ。短所から直していくタイプ、などなど千差万別だが、俗に言う“教え魔”といわれる指導者も目の当たりにした。言わずと知れた故西本幸雄さんであり阪神時代一緒にプレーした故山内一弘さん。今なお元気な当社評論家で、私をマスコミの世界へ導いてくれた中西太さん。皆さん共通していえることは、野球大好き人間。半端じゃない。もう教えだしたら止まらない。山内さんなど、口もとまらなくなることでついたニックネームが「カッパエビセン」。昨年まで2軍監督をしていた掛布氏が言った。

 「ボクは山内さんと中西さん2人と付き合いましたから。どんな状態だったか、本間さんなら説明しなくてもわかるでしょう」と-。確かにお2人、練習が終わって合宿へ帰ってからも続けていた。すごい人たちだった。

 閑話休題。安藤コーチの話。立場がかわって初のキャンプ。朝の体操時間から練習が終了する夕方の5時、6時頃まで拘束される。「正直、キャンプは疲れましたね。1カ月がすごく早く感じました。現役時代は自分のことだけをやっていればよかったのが、立場がかわると20人近くのピッチャーたちへの目配り必要ですし、コーチは大変ですね。でも若くて生きのいいピッチャーはいますし楽しみもあります。高橋遥ですか…。1軍で投げるみたいですけど、若手の中では一歩、二歩と抜け出していますね。いいピッチャーですよ」と安藤コーチは期待を寄せた。

 これから実戦(オープン戦)に突入する。当然のことながら若手ピッチャーには、技術的にもメンタルな面でもキャンプでは見えなかったものが顔を出す。これをいち早く見抜いてアドバイスしてやるのがコーチの役目。若手の良き相談相手であり、兄貴分的存在であってほしい。そして、現役時代の豊富な経験を生かした指導に期待したい。【本間勝】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「鳴尾浜通信」)