元ロッテの里崎智也氏(野球評論家)の「ウェブ特別評論」を掲載中。46回目は「契約交渉前の提示金額事前通知は是か非か」です。

   ◇   ◇   ◇

 先日14日に日本プロ野球選手会が名古屋市内で臨時大会を開き、契約更改前に、全球団側に事前の提示金額を書面通知するよう求め、拒否された場合は全球団全選手が初回の交渉を保留するなどの対応策を取ることを決めた。

【選手会側の理由】

 下交渉できない若手らに考える時間が不十分という不満が多いことから、事前通知を要望。1月から協議を続けているが球団側の合意は得られず、今後は各球団のオーナーに対して、事前通知の拒否がオーナーの意思に基づくものかを確認する書面を送ることを決めた。同選手会の嶋基宏会長(楽天)は「流れ作業のようにはんこを押さなければならないという声が、若手や1軍に上がったばかりの選手から出ている」と説明した。

【日本野球機構(NPB)選手関係委員長、阪神谷本修球団常務のコメント】「(提示額の)数字を一人歩きさせるより、交渉の中身が大事。真摯(しんし)に選手会と話をしている最中に、一方的に発信されたのは残念」と反論した。

   ◇   ◇   ◇

 選手会側の気持ちはわからなくもない。最初に金額を提示してもらったほうが金銭闘争の“作戦”が立てやすい。チームメートや他球団選手とも情報交換できる。また事前に納得いく金額なら1発サインでき、クリーンなイメージも付くかも知れない。

 しかし、球団側にメリットはないと思われ、選手会の要求が通ることは厳しいだろう。ビジネスでは、通常、相手にもメリット、自分にもメリットがあるよう、ウィンウィンの関係を考えて歩み寄ろうとするのだが、選手会側しかメリットがないからだ。

 今回のケースは、選手会側が目指す方向が間違っているような気がしてならない。若手らに考える時間がないというものの、若手にはあまり関係ないのではないかと思う。

 年俸は各球団とも1軍での活躍評価が基本線だ。成績が上がればアップするし、ダメならダウンする。2軍でどれだけ結果を出しても年俸には大きく影響するとは思えない。契約更改交渉後の会見で“期待料”とか耳にするが、球団の好意によるいわばチップだ。

 2軍でいくら頑張っても1軍で活躍してナンボの世界。若手に交渉の余地はなく、情に訴えるしかないのが実情だと思う。2軍選手なら評価がないに等しいため、事前に年俸を言われたところで球団を論破できる準備材料もないだろう。

 野球界はFA権を持っていなければ所属球団としか交渉できない特殊な業界で、選手の側に立てば年俸1500万を先にもらったほうがいいに決まっている。が、シーズン中にやった分の“巻き返し料”はある。1軍に150日選手登録されれば最低保障が1500万円となっている。

 例えば、年俸500万円の選手が1軍に選手登録された場合、1000万円不足しているが、日割りで6・6万円(1000万/150日)が1軍在籍日数分、加算されていく。151日以上登録されても1500万円が上限となっており増えないが、1500万円までの出来高オプションが付いている状態だ。

 交渉前提示など要望せず、額面と球団の説明が気に入らないなら、選手の権利なのだからしっかり話をして保留すればいい。

 事前提示という前に選手会で交渉術の勉強会を開催するほうが、より現実的ではないか。現役引退後は、自分で交渉していかねばならないため、選手はもっと自立したほうがいいと思う。

 一般社会では、仕事の入札で、事前駆け引きは「談合」でアウト。事前交渉などビジネスの世界で生半可なことはあり得ない。

 現役時代より、引退してからの人生が長い。引退してどうやって生きていくのか。自分の言葉で交渉していかねばならない。交渉に自信がない、意見が言えない、と嘆いたところで一生、誰かが助けてくれるわけではない。

 引退後は、野球教室のほか、講演、イベント、環境問題、社会情勢に関するカンファレンスなど、野球以外の経験のない仕事も多く、主催者側に「使えない」と判断されれば、他人に切り替えられると思わなければいけない。さまざまな講演やイベントなどで財界の方々とも話をさせてもらう機会もあるが、プロ野球の契約は、ビジネスの世界では甘いほうではないかと思う。

 契約してくれるから球団から交渉の場が設定されている。社会なら価格など含めた交渉で下手を打てば他にチャンスは流れる。生き抜くための処世術に、交渉力は切り離せない必須アイテムだ。

 選手は少しでも年俸を高くしたいと思い、球団は少しでも安くしたいと思っているアンビバレントな関係。どこで折り合いをつけるかは自分の責任だと思う。

 繰り返しになるが、年俸の事前提示に球団のメリットはない。球団を保有する企業の経済体力(収益力)が異なるのだから、事前提示年俸を比較しても意味がない。

 生きる力を養う意味でも年俸の事前提示はマイナスだと個人的には思う。自己責任で交渉することは、自分のためでもあり、やる気の問題。厳しい言い方かも知れないが、私自分が引退した後、学んだこと、身に染みて感じたことでもある。

 ◆里崎智也(さとざき・ともや)1976年(昭51)5月20日、徳島県生まれ。鳴門工(現鳴門渦潮)-帝京大を経て98年にロッテを逆指名しドラフト2位で入団。06年第1回WBCでは優勝した王ジャパンの正捕手として活躍。08年北京五輪出場。06、07年ベストナインとゴールデングラブ賞。オールスター出場7度。05、09年盗塁阻止率リーグ1位。2014年のシーズン限りで引退。実働15年で通算1089試合、3476打数890安打(打率2割5分6厘)、108本塁打、458打点。現役時代は175センチ、94キロ。右投げ右打ち。