日本ハムの二刀流の矢沢宏太投手(23)が1イニング1安打と好投した。特段、批判する内容ではないピッチングに、私はひとつの着眼点を見た。

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こういうシーンこそ、私は見ていて良かったと思う。それは、こうしたリポートを読むプロ野球ファンの方が、わずかばかりでも選手を見る時の参考になればと思えるからだ。

この日、矢沢のピッチングを見た。1イニングだけだったが、それでも私には貴重な情報だった。MAX147キロ、しっかり球威も出ていたし、ベース板での強さもあった。左腕でキレのある147キロがあれば、十分にプロでもやっていけるだろう。ピッチングの基盤である真っすぐの力強さに、今後に向けた期待感が持てた。

カーブもいい。縦に割れるカーブは、かなり理想に近い軌道を描いていた。カーブそのものを見ても、完成度は高いと感じるが、真っすぐと組み合わせることで、さらに対打者として効果的だ。真っすぐはより速く、カーブはブレーキ鋭く。打者には緩急として、なかなか手ごわいコンビネーションになるだろう。

矢沢の体のサイズはどちらかと言えば小柄な方だろう。それでいてこれだけの真っすぐと、カーブがあれば1軍の打者にどんなピッチングをするのか、本当に楽しみだ。ひとつの投球のスタイルがある、そう思わせてくれた。

そして、スライダーだ。スライダーは良くなかった。カーブと比べるとそれは歴然としていた。抜けるボールが多い。この日、矢沢は6球スライダーを投げているが半分の3球が抜けていた。

2死走者なし。左バッターへ投じた最初のスライダーは抜けていた。しかし、この打者への2度目のスライダーはしっかり制球されていた。だが、次打者、左バッターへの最初のスライダーは、頭部付近へ抜けてしまった。

こういうところだろう。私はスタンドで見ていて、強く矢沢の課題を感じた。これからたくさん学んでいけばいい若手だ。これから私が指摘することが今できないからといって、矢沢を否定するのではない。誰よりも矢沢自身に「ああ、そういうものか」と気づいてもらいたい。

最初に投げたスライダーが抜けた時、どうして抜けたのかなと、矢沢は感じたはずだ。どこかに原因があるのだと。それをある程度察知したから次のスライダーは制御できていた。そこには、矢沢にしかわからないちょっとしたところでの力の入れ具合、体重移動の際のバランスで、わずかばかりの調整が働いたのだろう。

では、なぜその後のスライダーがまたも抜けてしまったのか。最初の修正点が徹底できなかったのかもしれないが、そこがもったいない。短いイニングで何度も同じ変化球が抜けてしまえば、それは打者に大きなヒントを与えてしまう。

「今日の矢沢は左バッターへのスライダーが抜ける傾向にある」と。そうなるとボール先行のカウントでは使いづらくなる。となれば、狙い球が絞りやすくなり、結果としてバッテリーが、矢沢本人が苦しくなる。

好不調は誰にもある。特定の変化球だけしっくり来ない時もあって当然だ。だが、1軍で活躍する投手は、こういうことをしていた。最初のスライダーが抜けると、次のスライダーは外角へワンバウンドを投げるくらいに、意図的に引っかけるくらいの感覚で投げていた。そこで、その日のどこに原因があるのかを、瞬時に確認していた。

わざと引っかけるスライダーを投げて情報を得て、そこから抜けないよう、試合の中でヒントをつかみ、立ち直っていく。それが勝てる左腕投手だったと私は感じていた。そういう小さい部分は、矢沢も十分に大切にできる感覚を持っていると私は信じている。

スタンドから見ていた私の主観から言わせてもらえれば、真っすぐとカーブの時は、左足にしっかり重心を乗せてから、上半身がホーム側へ動き出すが、スライダーの時は下半身が先に動き、それに上半身が追いつかず、従って腕の振りも追いつかない印象だった。そして、リリースポイントがわずかばかりに早まっていたのではないか? そこは投手コーチや、それこそ矢沢本人が誰よりもよくわかっているはずだ。

こうした部分が備われば、繊細かつ冷静な、勝てる左腕に成長していく。ちょっと抜けるな、ちょっと引っかけるな、ちょっと制球が乱れるな。そういう時に自分の感覚を総動員して原因を探る。その能力が1軍で活躍する投手の必須条件だと、私は考える。(日刊スポーツ評論家)