前例のない夏へ、帝京(東京)が動きだした。2日、ようやく1学期の始業式を迎え、野球部も活動再開。2月末からの休止が解け、約3カ月ぶりのチーム練習だった。マスク姿で見守った前田三夫監督(70)は「顔を見たら安心しました。ちょっと、おなかが大きくなっていたのはしょうがない(笑い)。甲子園はなくなっても、気が抜けた生徒は誰もいなかった」と目を細めた。

慎重に慎重を重ねる。前日に入学式を終えた1年生は参加せず、2年生、3年生が時間差で、それぞれ2時間あまり。検温してグラウンド入りし、部室やウエートルームに同時に入る人数も制限。メニューは軽めだ。走ることはせず、体幹などのトレーニングに終始した。触った機器は1セットごとに消毒する。前田監督は「1週間は体づくりです。ボールを使った練習は、それから」。活動休止中も各自で動いていたが、チーム練習で気持ちは入りすぎやすい。気分が悪くなれば、すぐに休ませた。

東京都高野連は1日に選手権大会に代わる「2020年夏季東西東京都高等学校野球大会」の開催を決めた。東西東京の優勝校同士による対戦も案に挙がる。文字通り、夏の東京NO・1を決める大会になるかもしれない。甲子園という目標は失ったが、臨める場ができた。練習冒頭の円陣で、加田拓哉主将(3年)は「一から、またやっていこう!」と呼び掛けた。

甲子園中止は休校で戻っていた大阪の実家で聞いた。「ショックでした」。ただ、こうも思った。「五輪も延期。これでできたら、すごいよな」。現実を冷静に受け止めていた。中学を卒業し単身上京。「前田監督を甲子園に連れて行かないと、帝京に来た意味がない」。昨冬に明かした願いはかなわない。それでも、すぐ切り替えられたのは「大阪を出てきた意味を考えた」からだ。「キャプテンまでやらせてもらい、いろいろ成長できた。甲子園が全てじゃない」。人として、選手として、大きくなるために来た。だから、最後の夏は「絶対1番を狙わないといけない」と、東京のトップで終える気でいる。

主将の熱を、指揮官も受け止めている。昨秋都大会は準優勝。センバツ出場に、あと1歩だった。「加田中心のいいチームになった。1度も甲子園に連れて行ってあげられなかった」。だからこそ、最後は東京王者に…と、すんなりとはいかない。「選手がそういう気持ちになるのは当然。ちゃんと準備して、大会を迎えさせたい。でも、ちょっと怖い。夏の暑さ。3カ月も練習してませんから。選手の体力がもつか」と不安を隠さない。「彼らの野球人生は、まだ先がある。ここで無理させて、痛めるわけにはいきません」。甲子園51勝の名将も、かつてない事態に直面している。

救いは、選手たちの表情だった。3カ月ぶりのチーム練習を終えた加田は「体力、落ちてました。でも、楽しかったです」と笑った。みんな明るかった。彼らの顔を、前田監督はうれしそうに眺めていた。【古川真弥】

▽日大三・小倉全由監督「これまで選手たちには、万が一、何も大会がなくても、1カ月、熱く練習をして終わろうと話をしていたところでした。でもこうして発揮できる大会を準備していただけた。みんなで熱く戦い、力を出し切って、3年間練習をしてきたことが絶対にプラスなんだということを感じてほしい。それを次のステップにしてもらいたいと思っています」