日大三島が静清を8-1で退け、今春センバツに続く2季連続の甲子園出場を決めた。ナインは永田裕治監督(58)に導かれ、大一番でも躍動。11安打8得点の快勝で、1989年(平元)以来33年ぶり2度目の頂点に立った。甲子園連続出場は14年夏から3季連続を果たした静岡高以来、東部勢が夏の聖地に立つのは95年の韮山以来27年ぶりとなった。全国大会の組み合わせ抽選会は来月3日に行われ、同6日に開幕する。

真夏の青空へ、日大三島ナインが人さし指を突き上げた。最終回、リードは7点。勝利を確信した控えメンバーも笑顔でベンチ最前列に集結した。エース松永陽登(はると、3年)が最後の打者を遊ゴロに打ち取ると、全員でマウンドへ。歓喜の輪が広がった。永田監督は「部員78人全員の勝利だと思う」。参加107チームの頂点へ「全員野球」で駆け上がった。

1回2死二塁、松永が中前に運んだ。「先に点を取ることが大事だった」。4番がもたらした序盤の先制点で主導権を握った。リードを4点に広げた6回には、打者9人の猛攻。四球を挟み7連打で4点を追加し、勝負を決めた。終わってみれば11安打8得点。全員がヒーローになった。

チームは今夏に向けて、約2週間の強化練習を計3回、行った。1回目は守備に重点を置き、内野陣は500球を捕球するまでノックは続いた。「鍛錬」は春季県大会中にも及ぶ。2回目は、走り込みと打撃強化。公式戦後も午後8時の完全下校までひたすら走り、1日計1000スイングをこなした。3回目は実戦。聖光学院(福島)や浦和学院(埼玉)、山梨学院(山梨)など全国の強豪にぶつかった。

加藤大登(ひろと)主将(3年)は「みんな本当にヘロヘロだったけど、『これだけやってきた』ということが不安を消してくれた」。準決勝からの連投で110球完投の松永も「夏の連戦を想定してやってきた。不安はなかった」。前日28日の掛川西戦で延長13回を戦った疲労は、この日も重くのしかかったが、泥にまみれた日々が支えになった。

今年3月のセンバツでは、1回戦で金光大阪に0-4で敗戦。38年ぶりの聖地勝利を逃した。加藤は「忘れものを取りにいくために、まずは全員で1勝を目指していきたい」とチームの思いを代弁した。春夏連続出場も、目指す場所はまだ先にある。日大三島ナインの夏は続く。【前田和哉】

<89年夏メンバー喜ぶ>

日大三島のOBも後輩たちの快挙をたたえた。同校は1989年に夏の甲子園に初出場。当時捕手だった井口直哉さん(51=三島市在住)はスタンドで母校の優勝を見届け、「33年ぶりの優勝をありがとう」と、拍手を送った。

前回優勝時は、ノーシードから頂点まで駆け上がった。決勝の相手は同じ東部地区の長泉(現・三島長陵)。9点リードから相手の反撃を受けて、9-8で逃げ切った。井口さんは「あの時は途中で気が緩んでしまって。今のチームは最後まで気を緩めずに、優勝するんだという気持ちが伝わってきた」と感心していた。

38年ぶり出場となった今春のセンバツは初戦敗退。OBの思いを代弁し、「まずは1回戦を勝ってほしい」とエールを送った。