日米通算4367安打のイチロー氏(マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)が4日、今年2校目となる静岡県立富士高校で、2日続けて同校の野球部員を指導した。富士は県内屈指の進学校で文武両道がモットー。地元の子どもたちへの野球の普及活動にも熱心に取り組む姿が、イチロー氏の目に留まった。野球を広めたい-。富士山を望む同校グラウンドで行った2日間の熱血かつレベルの高い指導で、その熱い思いも共有し合った。

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壮大な富士山を眺めるグラウンドに、イチロー先生が降り立つと、山頂付近にかかる雲が晴れた。さぁ、イチロー野球塾の始まりだ。初日の3日。サプライズ登場に「ものまねの人ですか?」と戸惑う選手たちを前に「ははっ、想像、してなかったよね」と笑った。

今回、イチロー氏が選んだのは県立の進学校・富士だった。「地域の子どもたちに野球振興、普及活動を熱心に取り組んでいる。リーダーとなって地域に還元する目標があると聞いてきました」。地元の保育園児や小学生に指導を行っている。野球を広めようとする思いは共通していた。

これまでのように選手たちの輪に入り、時に盛り上げながら耳を傾けた。打撃の実演はもちろん、打席からブルペン投球も見守った。エース右腕の水越壱成投手(2年)にはツーシームの握り方も伝授した。

今回、技術以外に訴えたのは「声」の大切さだった。練習中、大きな声で「さあ、来い!」と自らお手本を示した。初日の練習後、富士山にかかる雲が登場後に晴れたことを「持っている」と選手たちに表現されると、こう問いかけた。「みんな、会ってみてどうだった? 性格、『陽』だと思います。いつも下を向いているとそういうのが来ない。明日は元気を出して」。

2日目、グラウンドは選手たちの大きな声で活気にあふれた。最後に449スイングのノックを全員に打ち終えると「今の感じ、すごくいいよ。そのエネルギー。その感じで毎日、練習に取り組んでください」と声を掛けた。

帰り際、全員で富士山をバックに記念撮影に臨んだ。生徒からメッセージ入りの色紙を手渡され「シアトルの宝物箱の中に入れます。一生、大事にします」。野球への取り組み方が人生の歩みにもつながる。イチロー氏は「勉強も大変だと思うけど、壁に立ち向かっていけるように、今日のこの感覚を忘れないで」と心にも訴えた。【保坂淑子】

<イチロー氏のアドバイス>

-チャンスで打てる秘訣(ひけつ)は

「魔法みたいなことはない。自分が結果を出して自信をつかむ。自分のリズムを作って、打席に入れるかが大事」

-盗塁のときに何を意識していたか

「リードを大きくとれるからと言って、大きくはとらない。それがコツ。盗塁する時は、戻る(帰塁する)気持ちはなくしておきたい。けん制されても戻れるという距離を測っていたら、100パーセント(不安のない気持ち)で走れる」

-内角球を逆方向に打ち返す方法は

「体を回すと難しい。上半身は勝手に回る。こうなる(体が開く)と力が伝わらない。下(半身)でコントロールすると、上半身も使える。上半身は振らない」

-選球眼が良くなるには

「選球眼、という言葉が僕は嫌いで、目じゃない。体でヒットを打てるか判断してほしい。選球“体”」

○…富士の主将、中沢樹内野手(2年)は2日間を終え、「チームとしての課題があまり元気がない、というところだった。今日みたいな(良い)雰囲気で出来た経験がほとんどなかったので、そこはイチローさんに変えてもらった」と感謝した。投球の指導を受け、ツーシームの握りも教えてもらった水越壱成投手(2年)は「こういうふうにするともっと良くなると教えてもらって、すごいうれしかった」と喜んでいた。

▽富士・稲木恵介監督(43)「僕が一番興奮していたかもしれませんね。自分ってここまで出せるんだ、こんな自分があったんだ、と感じられた2日間だったと思う。僕も選手たちの新たな一面が見られた」

◆富士 1923年(大12)に富士中として創立した県立校で、今年創立100周年。野球部創部は1933年(昭8)。部員数は19人。79年夏の甲子園、87年のセンバツに出場。14年のセンバツでは21世紀枠の静岡県推薦校に選ばれたが出場はならなかった。今夏の県大会は3回戦敗退。主なOBは巨人、広島などで通算118勝を挙げた渡辺秀武、戦場カメラマンの渡部陽一ら。所在地は静岡県富士市松本17。杉山禎校長。

<過去のイチロー氏の高校野球指導>

◆智弁和歌山(20年12月2~4日)

初日は「観察」、最終日にはフリー打撃も披露した。21年夏の甲子園前には「ちゃんと見てるよ」とメッセージを届け、同年21年ぶりの頂点に。

◆国学院久我山(21年11月29、30日)

フリー打撃で72スイングし11本の柵越え。リードの取り方など走塁技術も惜しみなく指導。チームは22年センバツで初の4強進出と快進撃。

◆千葉明徳(21年12月2、3日)

初めて甲子園出場経験のない高校を訪問。ナインだけでなく指導者にも助言。今夏は甲子園出場した市船橋に4回戦で敗退。

◆高松商(21年12月11、12日)

巨人ドラフト1位の浅野翔吾らに、狙いを説明しながらフリー打撃を行い、技術を伝えた。ティー打撃で使用したバットをプレゼント。同校は今夏の甲子園で8強入り。

◆新宿(22年11月26、27日)

部員17人の文武両道の都立高校を自らの意思でサプライズ訪問。新宿のネオンが輝く環境に「都会だー」と声を上げるシーンも。