<高校野球西東京大会>◇26日◇決勝

 早実がハンカチフィーバー以来4年ぶり28度目の夏の甲子園出場を決めた。日大鶴ケ丘を早実が3-0で破った。エース鈴木健介(3年)が8四球を出しながらも、163球の粘投で5安打完封した。2年前の決勝で大勝された雪辱を果たした。先輩のソフトバンク王貞治球団会長(70)が視察のために52年ぶりに訪れる球児の聖地で、斎藤佑樹投手(現早大4年)がハンカチ王子旋風を巻き起こした06年以来の全国制覇を目指す。

 最後までスピードは落ちなかった。9回2死一、二塁。本塁打が出れば同点に追いつかれる場面で、鈴木はひるむことなく直球を投げ込んだ。163球目。バットが空を切った。両手を突き上げると、マウンド上にナインの輪ができた。「どんな形でもチームに貢献して優勝したかった。味方が点を取ってくれると信じて投げた」。2年前に流した悔し涙は歓喜の涙に変わった。

 日大鶴ケ丘には08年の決勝で5-13と敗れていた。鈴木は2番手で登板し、8四死球を与え4失点と流れを止められなかった。この日もピンチの連続だった。初回は2死満塁とされたが、三振で切り抜けた。5回2死一、二塁では中前に抜けそうな当たりを右足で止めた。「反射的に出ました。ちょっと痛かったけど投げることに集中していました」。8回は先頭に二塁打を許したが、連続三振でガッツポーズが出た。

 8四球を与え、5安打された。「目標にしてきた日大三に勝っているので鶴ケ丘は強かった。粘りもすごかった。リベンジの意識はなかった」。1つ1つアウトを取ることに集中した。130キロ台後半の速球、カーブ、ツーシームを気合を込めて投げた結果が完封につながった。

 兄は慶応で08年の春夏と連続して甲子園に出場した強打の捕手、裕司(慶大2年)。しかし弟はライバル校の「ワセダ」を選んだ。里中1年の時、05年セ・リーグを制した阪神の岡田彰布監督(現オリックス監督)の優勝祝賀パーティーに出席した。所属していた越谷シニアの吉沢俊幸コーチ(56=元阪急)と同監督が早大野球部OBという縁だった。そこで聞いた「早稲田野球」の話に強烈な刺激を受けた。選択は間違っていなかった。

 センバツには背番号9で昨年出場したが、夏は初めてになる。大会前、大宮西(埼玉)で監督を務める父久幹さん(47)から「もう1度甲子園で投げる姿を見せてくれ」という手紙をもらった。今回が最後のチャンス。恩返しのマウンドだった。聖地ではOBのソフトバンク王球団会長が訪れる。視察する試合は決まっていないが、鈴木は「雲の上の存在。いい投球をしたい」と力強く話した。和泉実監督(48)は「4年前の選手は甲子園で勝ち上がって強くなった。今年のチームもまだまだ成長してくれると信じてます」と期待する。ハンカチ王子と同じ背番号1を付けて甲子園に乗り込む。【木南友輔】