ドジャース大谷翔平投手(30)と山本由伸投手(25)の日本人コンビとともに、ワールドシリーズ制覇へ奮闘している日本人がいる。山本の通訳を務める園田芳大氏(46)は、映画の照明技術者から野球界へ大転身。5年ほど前から興味を抱いていたが、通訳の道が開いたきっかけは昨年、エンゼルス時代の大谷を観戦したことだった。まさかの通訳抜てきにつながった不思議な縁。野球の専門用語や戦術を学びながら、山本のサポート役を担っている。(取材・構成=斎藤庸裕)
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5月末、敵地でメッツ戦を迎える試合前のダッグアウトで、園田通訳は特別な感情を抱いていた。ニューヨーク(NY)のクイーンズ地区にあるシティフィールド。「ここに来ていなかったら、間違いなく通訳になっていなかったんです」。照明技術者として20年以上働きながら、5年ほど前から通訳の仕事に関心があった。昨年、映画業界のストライキが長引き、好きな野球観戦が増えた。「今年はこれで最後にしよう」と心に決めた試合が、昨年8月25~27日に行われたメッツ-エンゼルス戦。これが運命の分かれ目となった。
ちょっぴりぜいたくで、特等席の購入を決めた。バックネット裏から、間近で大谷と千賀滉大の日本人対決に見入った。そして、奇跡が起こり始める。「知人から写真が送られてきて。『映ってますよ』って」。テレビ中継に映り込んでいたことを知らされた。2試合目も同じような席で、後日、YouTubeでその映像を確認。ふと、関連動画をクリックしているうちに、目に飛び込んできたものがあった。それが、山本の代理人事務所ワッサーマンが打ち出していた通訳募集だった。
「試合観戦に来ていなかったら、テレビにも映ってないし、関連動画も見ていないですし、去年、ここ(シティフィールド)に来てなかったら、絶対に募集広告も見てなかったんです」
大谷が関わる試合から、不思議な縁がつながった。すると、とんとん拍子に道が開き始めた。「他にも偶然はあったんです。高校(九州学院)の同級生が、95年のドラフト1位でオリックスに入団して。彼が今、球団の職員(スコアラーの今村文昭氏)で由伸くんのことも知っていて、それで僕の名前を出してくれたみたいで」。旧友が、山本との縁をつないでくれた。
“うっかり”も転機の知らせだった。「アパートの契約がもう1年あると思っていたら、それが(23年の)10月で切れることが分かって。流れ的にもNYを離れる感じになっていたんです」。長年住んでいたNYからLAへ。引き寄せられるかのように導かれた。
ワッサーマン担当者と面接を重ね、山本本人との会話でも好感触を得ていた。ただ「通訳に採用されるなんて思ってませんでした。言うなれば『宝くじは買わなきゃチャンスはゼロ』的な感じでした」。先を見据え、野球界での人脈作りの目的もあった。思った以上に事は早く動き、春季キャンプ直前に正式に山本由伸の通訳に、大転身が決まった。
46歳で園田通訳の新たな挑戦が始まった。その道は、やはり厳しかった。長年の米国生活で英語のコミュニケーションに全く問題はない。映画の照明技術者として、そつなく仕事もこなしてきた。だが、プロレベルの野球の知識は浅かった。戦術面の理解が追いつかない。専門用語を初めて知ることも多々あった。
2月10日、バッテリーキャンプが始まってから2日目で心が折れかけた。「自分が通訳では選手のためにならない。僕じゃない方がいいのではないか」。真剣に悩み、球団スタッフに正直な胸中を明かした。編成部全体で話し合ってもらうよう頼み「もう、終わりかな」と、退団を覚悟した。だが、球団からの返答は思いも寄らない言葉だった。
「例年より早いキャンプインで忙しく、適切なオンボーディング(新人研修)に手が回らずに放り込んでしまったのは、こちらのミスだった。野球の知識は習えば身に付けられるが、由伸が選んで信頼を置いている人だということが何より重要。代わりを見つけることなど全く考えていない。最初から完璧を求めているわけではないし、みんなでバックアップするので、気にせず頑張って欲しい」
驚きだった。気を取り直し、それから特訓の日々がスタートした。キャンプの練習を終えた山本が球団施設を後にすると園田通訳はひそかに毎日、居残りでメジャー野球の“研修”を受けていた。コナー・マクギネス投手コーチ補佐やデータ・サイエンス担当のスタッフらが、戦術や野球用語の言い回しなどの講座を開いてくれた。「とてもありがたかった。本当に素晴らしい球団に入れさせてもらいました」。球団の温かい気持ちと全面サポートに、感謝してもしきれない。
もちろん、自力でも努力を続けている。パドレス・ダルビッシュ有の堀江通訳、メッツ千賀の藤原通訳が囲み取材で英訳する様子をメディアの映像などでチェック。言い回しを繰り返し、勉強した。ドジャースの地元中継局でリポーターを務めるキアステン・ワトソンさんからは「野球ノート」の資料をもらった。「いろんな情報を、今はなんでも取り入れたいんです」。山本の登板日には、ノートにメモ書きで相手チームの予習を行うのがルーティンだ。来年以降のことを考える余裕はない。1日1日、必死の毎日を送っている。
山本の通訳として奮闘する中で、大谷からちょっかいを出されることも多いという。そんな空気感が、園田通訳の気持ちを楽にさせる。「翔平くんも、由伸くんも気を使ってくれていると思います」と感謝の気持ちが常にある。現在は右肩腱板(けんばん)の損傷で離脱し、リハビリを行う山本を支えている。
「言葉も文化も違う異国で戦っている中で初めて故障離脱となって、本人も歯がゆいと思います。そういう時こそ通訳の役割は重要になると思うので、1日でも早く彼が居るべき場所、マウンドへ戻れるように出来る限りサポートしたい。それが少しは、通訳として迎え入れてくれた彼への恩返しにもなるのかなと。そしてワールドシリーズで勝って、『由伸君、ありがとう』と言いたいです」
目指すは世界一。園田通訳も懸命に戦っている。
■周囲が見たHIRO
選手、監督やコーチら首脳陣、球団スタッフが一緒になって戦う、家族のような結束力がある。キャンプ中、園田通訳に野球講座を開いていたコナー投手コーチ補佐は「なんとか彼を手助けしようと思ってね。違う分野から来て、すぐに順応するのは難しい」と語った。同コーチは16年からド軍傘下マイナーで経験を積み、20年からメジャーの投手コーチとなった。「我々は皆ファミリーなんだ。ヒロ(園田通訳)は理解が早いし、よく頑張っている」と穏やかに言った。
女性リポーターのワトソンさんは、ワード文書で作成した自作野球ノートを園田通訳に送った。大学時代はバレーボール選手で、卒業後はNFLやNBAの中継リポーターを担当。「私も最初は野球の知識がなくて、いろんなことが分からなかった」と転職1年目の難しさを理解する。
改善しようとする懸命な姿勢を周囲が後押しし、カバーする。プレーする選手もしかり。主力の負傷離脱が続いても、他選手が活躍する。勝ち続けるチームが、それを体現している。
■今週中にもキャッチボール
山本は今週中にもキャッチボールを再開する。6月16日にIL入りして以降ノースローが続いていたが、ドジャースタジアムで治療やトレーニングを続けており、クラブハウスでは園田通訳や同僚との会話で元気な様子を見せていた。重さや大きさの違うプライオボールを使ったトレーニングは既に行っているようで、ロバーツ監督は先週末、スローイング再開は「彼にとって大きなステップ」と話した。



