大学生だった時のことだから、もう20年近く前。私は、東京は多摩地区にあるJR国立駅近くの喫茶店でアルバイトをしていた。そこの店長が「根本さんがうちに来たことがあるんだよ」と、ちょっぴり自慢げに話してくれたことがある。「初めて来たんだけどね。『これから工藤の家に行くんだ』て。だから『うまくいくといいですね』なんて会話をしたなあ」。

94年オフ、西武の工藤公康(現ソフトバンク監督)がFA宣言をした時のことだ。ダイエー(現ソフトバンク)の球団社長だった根本陸夫さんが工藤家に口説きに行く前、店に立ち寄り、一服していったそうだ。結果は、世に知られているとおり。もしかしたら、店のケーキでも手みやげに買っていったのかも知れない。地元では、おいしいと評判だった。

私は、根本さんには直接お会いしたことはなかったが、記事を書くにあたり、教えを受けた人たちに話を聞いた。取材を進めているうちに、昔の記憶が思い出された。「球界の寝業師」のイメージが強いが、町の喫茶店にフラッと立ち寄り、初対面の店長とも気さくに話をする人だった。

直接は存じ上げない私が持つ、唯一の根本さんにまつわるエピソードだ。【古川真弥】