西武内海哲也投手(37)が、史上13人目となる監督通算1000勝を達成した巨人原辰徳監督(61)との思い出、思いを語った。原監督政権下で、トップの113勝を挙げた左腕が語る原監督とは。
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最初の出会いは、05年秋のフェニックスリーグだった。原監督が翌年からの指揮に向け、視察に訪れた試合で先発のマウンドに上がった。
内海 先発でいいピッチングをして、新聞の1面に原監督のコメントが出たんです。子供のころから見ていた方に「期待している」と褒めてもらって、すごくうれしかったことをよく覚えています。
「ニセ侍」「論ずるに値しない」「突発性四球病」など、原監督のテレビ、新聞を通じたコメントは時に厳しかった。だが、裏側では全く違った。
内海 僕には優しかったです。いい時も悪い時もありましたけど、怒られることはほとんどなくて、うまく乗せてもらった。ジャイアンツの主力でやっていたから、当然、厳しくもありましたけど、監督の愛情を感じた。
時には、原監督がメディアに発信する言葉に気持ちを奮い立たせた。そして、監督への恩返しを胸にマウンドに向かった。
内海 監督は(コメントを)選手が見るのを分かって言ってくれていると思います。外にはこう発信するけど、僕たちの前では違う言葉、顔だった。言われた時はつらいし、悔しかったですけど、監督の思いは分かっていますから。4番とか、エースとか、キャプテンとか。チームの主力選手にしか、そういうことは言いませんから。期待の裏返しというか、僕はそれに応えたいと思って、マウンドに上がった。
内海にとって、原監督とはどんな存在なのだろうか。
内海 監督の言葉を聞くと「ほんまに頑張ろう」と思えるし、監督に「褒められたい」とか、その一心でやっていたような気がします。例えれば、自分の親のような感じと言いますか。どれだけたっても、そういう思いはありましたから。僕は原監督に育てていただいた。感謝の言葉しかありませんね。



