さらば、火の玉ストレート-。阪神藤川球児投手(40)が10日の巨人戦(甲子園)で引退試合に臨んだ。9回に登板。巨人の代打坂本から三振を奪うなど12球の直球勝負で1イニングを3者凡退に抑えた。日米通算245セーブを記録した右腕が、タテジマに別れを告げた。

 

以下は藤川セレモニーのスピーチ全文

 

では、スピーチを始めたいと思います。

まず始めにこのたび、野球選手、藤川球児のために、こんな素晴らしい舞台を用意していただいた阪神タイガース球団、そして矢野監督をはじめとするコーチ、選手、スタッフの方々にお礼を申し上げたい思います。

本日は阪神タイガースファン、そして全国の野球ファン、そしてプロ野球界の先輩方皆様に、今日この日を迎えるまでに、夢や希望を持ち人生を前向きに生きることができたお礼を伝えたいと思います。

1999年に阪神タイガースに入団して、同じドラフト1位には同級生、西武ライオンズ松坂大輔、そして巨人軍の上原浩治さんがいました。2人は1年目から素晴らしい活躍をしていました。2人を見て、失敗と故障を繰り返す自分とを比べると、自分には無理だと普通なら諦めてしまうでしょう。でも僕は、今は勝ち負けはついていないと、認めることだけは絶対にしませんでした。当時、周りから厳しい視線を感じたり、厳しい言葉を投げかけられることもたくさんありました。しかし、どんな時もいつも、必ず見返してやる、そういう思いでやってきました。そして2005年、タイガースで優勝することができました。最高の思い出です。

その後、松坂と上原さんがメジャーリーグに行って、追いかけるように自分もメジャーリーグにチャレンジしました。しかし、本当に苦しいことばかりで、孤独で、また新人のころのようにうまくいかない日々が訪れ、明日すら…大丈夫です(笑い)。明日すら見失いそうになっていました。そんな時、阪神タイガースに入団してからの苦労した経験が僕を救ってくれました。俺は負けていない…。見返してやる…。独立リーグからもう1度リスタートして自分の力を見せて、地元高知の子供たち、そして日本のプロ野球ファンをビックリさせたいと思いました。そこからタイガースに戻り、3年間かけてやっとクローザーのポジションに戻ることができました。

見返してやる。その時にはもうそんな気持ちは全くなく、それが皆さんからの叱咤(しった)激励だと知り、心の底からありがとうという感謝の気持ちでいっぱいでした。僕は自分自身に度々襲いかかる苦難に打ち勝つことができました。

清原和博さんへ、あなたがいなければ、今の僕は存在しません。僕をここまで成長させてくれたのは清原さんとの対戦、そして存在です。何年か前になりますが、僕も清原さん自身も苦しい時に、御守りを届けてくださいました。「体を大事にしろよ」。すごく力になりました。キヨさんはとても優しい方です。必ずお礼を伝えに行きますので、今後もよろしくお願いします。

ライバル、松坂大輔へ。必ず投げる姿を見せて、世の中の人を元気にしてください。あなたのそういう姿が今の日本には必要です。僕はあなたの1番の応援団になります。目標でいてくれてありがとう。

それでは阪神タイガースファンの皆様へ、お礼を言わせてください。僕の投げる火の玉ストレートには、甲子園球場のライトスタンドの大応援団の皆さん、チームの思い、そして全国のタイガースファンの熱い思いがすべて詰まっています。それが皆さんの知る火の玉ストレートの投げ方です。それは打たれるはずがありません。打者のバットに当たるはずがありません。僕が言うのも変ですが、不思議な力が湧いてきて、普段の自分ではなくなるのです。野球選手、藤川球児というのは、皆様の気持ちの固まりだったのだと思います。ファンの皆様にとって僕の存在が誇りだと言うのなら、僕にとってもファンの皆さんが誇りです。その気持ちをこれからは後輩たちに一緒に送り続けましょう。そして、タイガース史上最高のキャッチャーで、僕が世界で1番尊敬している矢野監督を、日本一の監督にさせてあげましょう。選手やコーチの皆さん、あとはよろしくお願いします。もし困った時はいつでも呼んでください。すぐに駆けつけます。

そして、僕自身よりも本当に1度も世間の皆様に顔も見せず頑張ってきてくれた家族へ、この場を借りてメッセージを送らせてください。今までたくさん野球のために我慢をさせてきたけど、やっと明日から夫として普通のお父さんとして、家族のために何でもしてあげられるようになります。長い間、お待たせしました。これからは何をする時も1番にみんなを優先します。今までよりさらに笑顔の絶えない家族になりましょう。

そして、おやじ、お母さん、名前を球児にしてくれてありがとう。野球をやらせてくれてありがとう。辞めようとしている時、何回も引き留めてくれてありがとう。2人が元気な間に恩返しする時間ができました。これから少しずつ恩返しさせてください。

そしてこの1カ月、セ・リーグの各チームの方々、球場関係者の皆様、こんな1人の選手のためにセレモニーを用意していただいて、本当にありがとうございました。きっとたくさんの子供たちへの夢や希望につながったと思います。夢をつなぐ、これが僕の現役生活最後の1カ月でやりたかったことです。

それでは皆さん、野球選手、藤川球児とサヨナラをする時が来ました。子供のころからの先生方、今までのすべての友人、そして世界中の野球ファンの皆様、皆様のおかげで最高に素晴らしい野球人生を送ることができました。長い間のご声援、本当に、本当に、ありがとうございました。