ヤクルト坂口智隆外野手(38)の打撃を間近で見られたことは、何よりの学びだった。

19年春の浦添キャンプ。選手たちが昼食をとる間に、ベテラン選手がフリー打撃を行う通称「ランチ特打」のメンバーは、バレンティン、青木宣親、雄平、坂口の4人だった。日本人3選手が左打ち。同じ左打者なのに、フォームがまるで違う。なんでこんなに違うのか、ずっと見ていられた。見続けると、だんだん、なんとなく、分かってきた。

気になることを聞いてみたかったけど、雰囲気が怖くて話しかけられない。ある日、室内練習場で「俺のバッティングどう?」と声をかけてくれた。

なんて答えたのか、正確には覚えてない。「しなやかです」みたいなことを返したと思う。そして、聞いてみたかったことをぶつけた。「バットがボールに当たるとき、呼吸はしてますか?」。

「息を吐きながら打っている」と教えてくれた。「おもしろいことを聞く」とも言われた。それから、たまに「バッティングどう?」と声をかけてくれるようになった。練習で気になったことを、聞けるようになった。バットを構える位置を変えたのはなんでか、右足を置く位置を変えたのはなんでか。その度に、丁寧に意図を教えてくれた。練習を見るのが、すごく楽しかった。

自分の体と、ずっと向き合っていた。19年3月31日の阪神戦で、右手に死球を受けて骨折。復帰してきた時に痛み止めの服用を聞くと、苦笑い。「前からずっと飲んでるよ。143試合、全部飲んでる」。絶句した。

オープン戦で送球が脇腹に当たった時は「(内出血して)生きている証拠。(骨が)1本折れてても、プレーはできる」。目の上にボールが当たってすごく腫れた時も「目がちょっと大きくなるかも」なんて言ってたのに…。20年間の積み重ねは、確実に体に表れていた。

毎年、不安を抱えながらも「自分のことは、自分が信じないといけない」と言っていた。だから今回も、自分を見つめて、悩んで出した最後の決断のはず。20年間、お疲れさまでした。【19~20年ヤクルト担当=保坂恭子】