鳥谷敬氏が本音をポロリこぼしたのは昨秋のことだ。横浜市内の某所で男子バスケットボール界の新星、河村勇輝(横浜ビー・コルセアーズ)と対談。テーマが「視野」に移った時、苦笑いで「職業病」を明かしたのだ。

「いまだに私生活でもめちゃくちゃ気になってしまう。野球を辞めたのに本当にストレスなんですよ」

元阪神、ロッテのスター遊撃手。特に関西ではプライベートの時間に「顔バレ」するケースが少なくない。その際、現役時代に鍛え抜いた「視野の広さ」があだとなってしまうらしい。

「自分に気付いた人はよく、すれ違ってから『あの人、鳥谷だよね』と振り返る。その時、自分も『あっバレたな』と気付いてしまうんです」

まるで背中にも目がついているかのように、必要以上に周りが見えてしまう。それがちょっとした悩みなのだそうだ。二遊間を守るプレーヤーはそれだけ「視野の広さ」が求められるのだろう。

鳥谷氏は現役時代、時には電車内の座席でさえ、洞察力を磨く場に変えていた。遠くで立っている男性の細かいしぐさが気になった。「もしかしたら疲れているのかな」。そっと立ち上がり、その場から離れてみた。すると、男性はしばらくして、自分が空けた座席に向かって進み出した。

「あの人は今こんなことを考えているんじゃないかなとか、ふとした動きから想像したりしていたね」

そんな毎日を送っていれば、洞察力や「視野の広さ」が人並み外れた域に達してしまうのも仕方がない。

「ショートの場合、内外野のポジショニングや走者の動きをチェックしながら、投球や打球をしっかり見ていないといけないから」

「視野の広さ」は遊撃手として第一線で長年活躍し続けた勲章、ということだ。

遊撃部門、三塁部門でゴールデングラブ賞を計5度獲得。そんな名手は9日から3日間、阪神キャンプで臨時コーチを務める。ユニホームを着用する立場ではないが、19年シーズン以来4年ぶりの虎復帰に注目度は高い。

もちろん、守備の指導も任されるに違いない。誇り高き「職業病」の後継者を探し出せるか。その一挙手一投足を丁寧に追いかけたい。【野球デスク=佐井陽介】