西武のドラフト1位左腕、武内夏暉投手(22=国学院大)はサブグラウンドでの練習を終えると、豊田清1軍投手コーチ(53)から流儀を教えられた。

「もう球場へ行っていいよ。お先あがります、ってみんなに言ってからな」

先輩たちへの礼儀-。もちろんそれもあるけれど、豊田コーチは流儀の真相を教えてくれなかった。

「お先あがります!」

声に反応し、それぞれに体を動かしている投手陣が、一斉に武内の方を向く。

今井も平良も平井も、誰も彼もが笑顔。「がんばれ~!」という声と拍手のかたまりが届く。最後におまけにボーが「ガンバレ~!」と大声を響かせた。先発投手を送り出す、西武投手陣の儀式だ。

喜びの余韻。球場へと向かう武内の顔から笑みが消えるまで、それなりの時間がかかった。

「うれしいですね。ルーキーで1軍初だから、っていうのもあるかもしれないですけど、やっぱりうれしいです」

全長200メートル少々、両脇にファンたちがいる通路を球場へと歩いて行く。「まぁ、緊張感も。やっぱり初めてなので」。少年ファンから「頑張って!」と声が飛んだ。ちゃんと聞こえて、武内がまた照れくさそうな顔をした。

福岡・北九州市生まれ。「小学生の頃からですね。周りも多かったので」と、自然な流れでソフトバンクファンになった。かつて憧れたチームが初対決の相手という巡り合わせ。

「巡り合わせ、なんですかね?」

そう笑う。昨秋ドラフト会議では3球団競合の末、ソフトバンク小久保監督より先に西武松井監督が「当たり」を引いた。その時からもう、心は西武だ。

対外試合初先発のマウンドは、もう2時間後に迫っていた。山川穂高内野手(32)との対決がおそらく注目されることを、本人も悟ってはいた。

「ホームランバッターは1発が怖いですし、でも自分がどれだけ通用するかが楽しみではありますね」

攻め方のイメージは。

「やっぱり落ち球ですね。崩したいというか、芯で捉えられない球を投げることが大事かなと」

2時間と少し後、そのチェンジアップが高く浮いて山川に本塁打を打たれた。「この失敗を今後に生かしていきたいと思います」。失敗という言葉を使い、現実を受け止めた。

生涯負けなし、生涯無失点なんてありえない。打たれることで、抑えられる。ほんの数年まで無名の存在だった若者が、運命に導かれたチームで1歩ずつ成り上がっていく。

「(入団して)ここまで順調に来ているのは、周りがそういうふうに作りやすい環境だからこそなので。だから、ここまで来られました。ここからライオンズに貢献していくため、よりいっそう頑張らないといけないです」

歩んだ分だけたくましくなる。【金子真仁】