<中日1-0日本ハム>◇24日◇ナゴヤドーム

 マウンドの感触、スタンドからの声援、そして試合後の勝利のハイタッチ、すべてが懐かしかった。中日河原純一投手(36)が、1-0で迎えた8回、2番手として今季初登板。西武時代の07年8月31日の楽天戦(宮城)以来、632日ぶりのマウンドで、1回を無失点に抑え、守護神岩瀬への勝利のバトンをつないだ。

 「チームが勝てたのでホッとした。投球練習をしてナゴヤドームの感触だと思い、いつもと同じ緊張感で投げられた」

 最速140キロの直球に変化球を交え、2死を奪ったが、稲葉には二塁打を許した。だが、続く4番小谷野を外角フォークで空振り三振。「甘くならないよう、本塁打だけはダメだと思い投げた」。カウント2ー1から2球フォークを続け、ピンチを脱すると、クールな表情でベンチに戻った。

 5月15日に1軍に昇格。だが、なかなか出番は回ってこなかった。「ずっとこういう展開で、投げそうで投げない日が続いていた。最初はどうしても緊張するから早く投げたい気持ちはあった」。この日のマウンドでは「いい球と悪い球がはっきりしていた」というが、13年間プロの世界で蓄積した経験で乗り切った。

 94年に駒大から巨人にドラフト1位で指名されて入団。05年に西武に移ったが、07年に解雇された。昨年は野球浪人として母校・駒大のグラウンドで背番号のないユニホームで練習に明け暮れた。2月には学生とともに大分でのキャンプにも参加。投球を再開した夏ごろからは、学生の打撃投手も務めた。「(ケガをした)左ひざのこともあったし、試合に出るよりも、ちゃんと治して、もう1度日本でやりたかった。やっぱり日本のプロ野球のレベルは高い。日本以外の国でやるという選択肢はまったくなかった」。先の見えない日々でも、志が砕けることはなかった。

 中継ぎ陣が本調子ではなく、継投のやりくりに苦心する中での好投に、落合監督も「(ほかに)いないんだよ。河原が投げてくれたってのは大収穫。経験もあるし、2年間放ってないから、どこかで使わないといけない」と、手放しで喜んだ。オレ流勝利の方程式に、新たなワンピースが加わった。【福岡吉央】

 [2009年5月25日12時26分

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