<DeNA3-7広島>◇11日◇横浜

 史上初のデビュー3戦連発だ。広島キラ・カアイフエ内野手(29)が3試合連発と勢いが止まらない。DeNA戦の3回、バックスクリーン直撃の3号2ラン。4回は右翼席最上段に4号3ランを打ち込んだ。1回にも適時打を放ち3安打6打点。キラッキラに輝く大砲が頼もしい。

 横浜の夜空にキラ星が輝いた。キラが、また打った。まずは1点リードの3回。無死一塁から須田の甘いシンカーを捉え、バックスクリーン直撃の3号2ラン。9日のデビュー戦で放った1号のVTRのような豪快なアーチだった。

 4回には1死一、三塁から、左腕田中のカーブを右翼席最上段へ推定130メートルの4号3ラン。1回には打球が一塁ベースに当たって方向が変わり、右前へ抜けるラッキーな先制打。初の猛打賞に6打点で快勝に貢献。3試合で早くも10打点の大暴れだ。ヒーローインタビューでは、試合中につけるゴーグルを外し「チームの勝利に貢献出来てうれしい。素晴らしい3試合だった。いいスタートを切れたので、これが続くことを願っている」と落ち着いた表情で言った。

 ロイヤルズ時代、キャンプで臨時コーチを務めた野村監督(当時野球評論家)に指導を受けた。その指揮官を、開幕から4番打者を固定できない苦悩から救った。デビュー戦は5番、2戦目は3番だったが、この日は4番に入り、その役割を十分過ぎるほど果たした。

 1軍昇格前、球団がファンクラブ会員に送るダイレクトメールのマークに、キラの名字「カアイフエ」にちなみ「かわいい笛」のイラストを入れた。まだ名前が浸透していなかったため反響はいまひとつだったが、この3試合の活躍で、キラ・カアイフエの名前は全国に知れ渡った。相手チームからすれば「かわいい笛」どころではない。「恐怖のハワイアン」が、今日も打ちまくる。【高垣誠】

 ◆キラ・カアイフエ

 1984年3月29日、米ハワイ生まれ。イオラニ高か、02年にドラフト15巡目でロイヤルズ入団。08年9月にメジャーデビュー。12年アスレチックス、今季はダイヤモンドバックス3Aリノ。メジャー通算126試合に出場し、打率2割2分1厘、15本塁打、46打点。193センチ、106キロ。右投げ左打ち。

 ▼新外国人キラがデビュー戦から3試合連続本塁打。過去に初出場から2試合連続本塁打の外国人選手は、99年のボーリック(ロッテ)まで12人いたが、デビューから3戦連発は初めて。キラは第2、3打席で2打席連続本塁打。初出場から3試合で4本塁打は、2戦4発(1本→3本)の87年ホーナー(ヤクルト)以来26年ぶり。<鮮烈デビューした主な外国人選手>

 ◆ハンプトン(近鉄)

 81年に第3の外国人として入団。不振のライアンに代わって6月に1軍昇格すると、初出場で1試合2本塁打。さらに出場3、4試合目にも1発ずつと4試合で4本塁打。

 ◆ホーナー(ヤクルト)

 前年に米大リーグ・ブレーブスで4番を打っていた超大物。87年4月末に入団すると5月5日のデビュー戦で本塁打。6日は1試合3本塁打。来日4戦目にも2発を放ち、4試合で6本塁打。神宮を満員にし「ホーナー現象」と呼ばれた。

 ◆呂明賜(巨人)

 台湾から88年に来日。外国人枠の関係で開幕から2軍にいたが、クロマティの骨折で6月に1軍昇格。初打席本塁打を放つと、9試合で7本塁打と大当たり。

 ◆ミッチェル(ダイエー)

 95年に史上初となる開幕戦の来日初打席で満塁本塁打。翌日も2試合連続で本塁打を放った。しかし、無断帰国するなど素行不良も目立ち、8月に退団。