7月25日、盛り上がる東京オリンピック(五輪)に負けじと、都心のど真ん中「東京ドーム」では新日本プロレスの選手たちが大暴れしていた。五輪は無観客だが、ドームには人数を制限した上で、約5300人が入場。メインのIWGP世界ヘビー級王座初防衛に成功した鷹木信悟(38)は、勝利後にマイクを取り「本音を言えばちょっとさみしいな。世間は相変わらずのコロナ禍で、感染予防、ソーシャル。1番苦しいのはお客さんだろ。緊急事態宣言の中、家で五輪を見ていてもいい中、プロレスを選んでくれたことに感謝する」と集まったファンに語りかけた。

五輪期間中でも、どの団体もプロレス興行は通常通り有観客で行っていた。特に週末には多くの観客が駆けつける大会もあり、小さな会場ではあるが、満員札止めとなった興行も。昭和の時代から続く歴史あるプロレスには根強いファンがいるのだと感じた。ある団体の関係者は「プロレスのお客さんは五輪関係なく来てくれる人もいる。夏休みで子どもたちも多かった」と明かす。

プロレスラーの中には学生時代にレスリングや格闘技をやっていた選手も多くいる。新日本のジェフ・コブは04年アテネ五輪レスリング男子フリースタイル84キロ級のグアム代表。現在は120キロだが、レスリング時代の安定したフットワークと怪力でレスラーたちを投げ飛ばす。ノアで活躍する杉浦貴はアマチュア時代からレスリング日本代表で五輪を目指していた。出場はかなわず、30歳でプロレスに転向。必殺技は「オリンピック予選スラム」と名付けた。

開催が1年延期となり、さらに中止の可能性もあった。杉浦は「なくなるかもしれないという中で、モチベーションは上げづらく、選手はかわいそう」と気持ちを察した。さらに「人生をかけていると思うし、4年に1回で、勝負できなくて区切りが来ちゃう人もいる」と自身のレスリング人生と重ね合わせる。

五輪は無観客となったが、期間中に開催したのは観戦に訪れた海外の人たちにも、日本のプロレスを見てほしいという思いもあった。その思いはかなわなかったが、新日本の後藤は五輪直前の試合で「オリンピックより熱い試合を俺たちは見せていきたい。新日本プロレスから目をそらすなよ」と力強く語った。昨年から首都圏に何度も緊急事態宣言が出される中、選手に感染者が出たものの、大きなクラスターはほとんどなく、開催してきたプロレス界。五輪前も、五輪中も、五輪後も熱い試合を熱いファンに届け続けている。【松熊洋介】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)