「シェルブールの雨傘」や「ロシュフォールの恋人たち」で知られるジャック・ドゥミ監督は36年前、59歳で亡くなっている。ドキュメンタリーを中心に幅広い作品を手掛ける妻のアニエス・ヴァルダ監督(89)は夫の死後、「ジャック・ドゥミの少年期」をささげたり、彼の旧作の修復作業に努めてきた。

 フランス映画史に名を刻んだ夫妻にスポットを当てる「ドゥミとヴァルダ、幸福についての5つの物語」が7月に都内で開催される。

 上映される5本の映画のうち、ドゥミの長編デビュー作で12年に復元が終わった「ローラ」(61年)と、これが劇場初公開となる「天使の入江」(63年)を見た。

 「ローラ」のヒロイン、アヌーク・エーメは当時29歳。14歳でデビュー、前々年には「モンパルナスの灯」で脚光を浴び、前年にはフェリーニの「甘い生活」がある。当時、仏映画界のど真ん中にいた彼女の、唇の跳ね返るような弾力や肌の輝きがモノクロ画面から伝わってくる。

 舞台はドゥミの生まれ故郷、港町のナント。キャバレーの踊り子ローラは7歳の息子を育てながら、その子の父でもある初恋の男ミシェルの帰郷を待ち続けている。ミシェルに似た米人水兵フランキーと一夜を過ごしたり、一見尻軽に見えながら、その思いはとことん純粋だ。ここに、これまた純情な幼なじみローランとの10年ぶりの再会が絡んで、彼女を巡る運命の糸は複雑な様相となる。

 さりげないはずの日常を思いっきり濃厚に描き、運命の出会いは逆にさらっと描く。気を抜かせない独特のテンポだ。現代のドラマ作りが冗漫に思えるような運びで、その「スピード感」で思わず笑ってしまう場面もある。キャバレーのシーンのシャープな動きや踊り子の配置。撮りたくて仕方がなかったミュージカルへの思いがのぞく。

 港町の当たり前のように見える出会いや別れが立派なおとぎ話に紡がれ、最後に起こる「奇跡」もスッと心に染みてくる。そこにはドゥミ・マジック開花の実感が確かにある。

 「天使の入江」はギャンブルに魅せられた男女の逃避行。退廃の匂いの中に艶々しているのはジャンヌ・モローだ。

 当時34歳。ハンサムな青年(クロード・マン)をとりこにする年上女の役にむしろ若々しさを織り込んでいる。ギャンブル好きが高じて、トランクの中に携帯型のルーレットまでしのばせる無邪気さが不自然にならない好演だ。

 こちらも付いたり離れたりの恋模様が描かれるが、ドゥミの手腕にも磨きがかって、男女の息づかいの強弱が伝わってくるほどきめ細かい。南フランスの美しい海岸の景色もモノクロでは強い陽光で淡色に見え、逆に室内のカジノはすべてがくっきりする。ギャンブルにしか目が向かない2人の目に映るものを象徴しているようだ。

 それでも85分の作品の中で、ニースにある通称「天使の入江」が、こちらにも忘れがたい風景として焼き付いてしまうから不思議だ。フランス西部に生まれたドゥミが抱く、南海岸の風光明媚(めいび)への憧れが投影されているのかもしれない。【相原斎】

「天使の入江」の1場面 (C)cine tamaris 1994
「天使の入江」の1場面 (C)cine tamaris 1994