一昨年の韓国映画界で各賞新人賞を総なめした女優がいる。今年32歳になったチェ・ヒソ。遅咲きといえる彼女は父親の転勤で小学校の5年間を大阪で、中高時代を米国で過ごした。メジャー第1作となった映画「金子文子と朴烈」(イ・ジュンイク監督)では日本人の主人公にふんし、自然な日本語を話し、母国韓国語に日本なまりを入れる巧演だ。この映画の16日公開に合わせて来日したヒソに話を聞いた。

-映画の舞台は1923年(大12)。関東大震災の混乱の中で拘束された朝鮮人アナキスト朴烈(イ・ジェフン)と同志愛に燃える日本人女性、金子文子の物語です。

「監督からお話をいただいて初めて金子文子のことを知り、手記を読みました。23歳で書いたとは思えない内容でした。特に12歳で自殺未遂したエピソードには圧倒されました。極貧の中で飛び込み自殺を考えるのですが、橋の上から見た自然の美しさに目を奪われ、自分の思いを誰にも知られずに死ぬのは悔しいと思い直す。自分と同じ境遇の人たちのためにも生きていこう、と。すさまじい生きざまに引き込まれました」

-日本人に成り切った演技には驚かされました。

「5年間大阪にいたので、日本語は分かるのですが、どうしても大阪弁が出てしまう(笑い)。おまけに日本にいたのが小学生の時だったので、出てくるのは子どもっぽい言葉。その辺を修正するのに苦労しました。感情を込めて演技をすればするほど、大阪弁のイントネーションが出てしまうんです。細かいところまで修正できたのは、40歳まで日本にいた共演者のキム・インウさんの指導が大きかったと思います」

-庶民生活の描写はリアルなのに日本政府内の閣議や裁判の場面は演劇的に誇張されているように感じました。

「実在の政治家を描くわけですし、主題はあくまで2人の純愛です。閣議や裁判はアップではなく演劇的に引いてフルショットで描こうとなったわけです。劇団『梁山泊(りょうざんぱく)』の人たちが出ていますから、演劇的で重厚な空気ができあがったと思います」

-朴烈と金子文子の話は、実は日本でもあまり知られていないのですが、不当に逮捕された2人は、これを逆手にとって大逆罪を被り、文字通り命を懸けて法廷で自分たちの考えを主張しようとする。すさまじい生き方ですね。

「だから法廷のシーンは難しかったですね。資料を読んでいきさつをすべて知っているわけですから、ポイントは分かっている。どうしてもそこで感情が強く出過ぎちゃうんですね。でも、その瞬間をひとつの課程として生きている彼女はもっと淡々と話していたはずなんです。頭で分かっていることと、その時々の感情の起伏。バランスを取るのが大変でした。彼女は意志は強いけど、無邪気なところがある。フェリーニの『道』に出てくるジェルソミーナを意識しました」

-「反日映画」になりがちな題材ですが、深い愛情と気高い志を描いた普遍的な人間ドラマに仕上がったと思います。

「この映画を見た韓国の友人は、思っていたよりあの頃の日本は法律のもとで合理的だったんだね、とそっちを驚いていましたね。読むのが大変でしたけど、当時の裁判記録も膨大に残されています。監督は反日映画にするつもりも韓国人を英雄にするつもりもないとはっきり言っていましたから」

-お父様の仕事の関係で韓-日-韓-米-韓と住まいが変わりました。

「中学の途中で米国に行ったばかりのときは英語が話せなくてクラスの隅っこでつらかったです。ストレスもたまりました。日本から来ていた学生がいたので言葉が通じてほっとしたことを覚えています。徐々に英語も話せるようになりましたし、その時、語学って楽しいって実感しました。延世大学でイタリア語を習ったのは(ルーツの)ラテン語にも興味があったからで、その方面に明るいギリシャ人の先生に当たるラッキーもあったんですよ」

-女優を目指すきっかけは何だったでしょう。

「小学生の時に学芸会でたまたま主役になったとき、信じられないくらいドキドキして、ワクワクもしました。きっかけはあの時だと思います。大学時代は演劇に打ち込んで、インディーズ映画に出たりしていたのですが、地下鉄の中でブツブツ台本を読んでいるところを(ジュンイク)監督の作品を手掛けているプロデューサーに見られたんです。奇跡のような。縁なんですね」

日米韓にまたがった生活がニュートラルな感覚を培ったようだ。役作りとなると膨大な資料も苦にしない学究肌でもある。30歳を越えてのメジャーデビューだが、今後の国際的な活躍が期待される。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)

◆チェ・ヒソ 1987年1月7日生まれ。幼少期を大阪で、中高時代を米国で過ごし、帰国後に卒業した延世大ではイタリア語を学ぶ。中国語も合わせて5カ国語を話す。09年「キングコングを持ち上げる」から映画出演を始め、17年韓国公開の「金子文子と朴烈」でブレーク。同年の大鐘賞映画祭では新人女優、主演女優の2冠に輝いた。

「金子文子と朴烈」の1場面 (C)2017,CINEWORLD&MEGABOXJOONGANGPLUSM,ALLRIGHTSRESERVED
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