昨年公開の「記者たち 衝撃と畏怖の真実」(ロブ・ライナー監督)は、イラク戦争の大義名分に疑問を持ったローカル・メディアの奮闘を描いた。

米ブッシュ政権は、大量破壊兵器の存在を理由に戦争に突き進みながら、肝心の兵器は戦闘終結後も発見されることがなかった。その米国とまるっと共同歩調を取ったのが英ブレア政権だ。28日から公開される「オフィシャル・シークレット」は英版「記者たち-」のスタンスで描かれている。

「記者たち-」の主人公がナイト・リッダーという小さな新聞社の記者なら、この作品のヒロインも情報機関GCHQ(政府通信本部)に入局3年目の職員。長いものにまかれない孤軍奮闘が、改めて権力のそして世間の嫌な重圧を実感させる。

03年のイラク戦争開戦前、英米両政府は武力行使に向けた準備に入っている。GCHQで働くキャサリン(キーラ・ナイトレイ)は、米国家安全保障局(NSA)から送られたメールを見てがくぜんとする。国連安保理事会のメンバーの盗聴を指示するものだった。

盗聴はGCHQの「通常業務」だが、この指示は大儀なきイラク戦争を正当化するためのあからさまな工作を示すものだった。

夫も元同僚も反対する中、キャサリンはメディアへのリークを決意する。公務秘密法に問われるかもしれない危険な賭けだったが、結局、イラク戦争は開戦し、当局のリーク元探しが始まって彼女は追われる立場になってしまう。

ドローン戦争の倫理的問題をクローズアップした「アイ・イン・ザ・スカイ」(15年、ヘレン・ミレン主演)で知られるキャヴィン・フッド監督は、社会的な題材をエンターテインメントに仕上げるのがうまい。今作でも、リークするまでのためらい、リーク後の騒動、そして「私は政府ではなく、国民に仕えている」というキャサリンの主張を巡る法的争いという3局面それぞれを濃密なサスペンスに仕上げている。16年度のシドニー・ルメット賞も納得である。

キャサリンの夫はイラク国境近くのトルコから逃れてきたクルド人移民であり、フセイン政権からはさんざん虐げられてきた身である。戦争には反対でも、フセインを倒すための戦いには微妙な感情を抱いている。フッド監督はそんな複雑な人間模様をうまく絡めながら、彼女のぶれない「正義」を印象付ける。

実話ではあるが、17年前の「キャサリン・ガン事件」の顛末(てんまつ)を記憶している人は少ないだろうから、終盤までの詳述は避ける。語弊があるかもしれないが、結末を知らずに、ハラハラさせられた方がこの作品が投げかける課題にしっかりと向き合える気がする。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)