サッカー元女子日本代表FW永里優季が昨年、神奈川県2部の男子チーム「はやぶさイレブン」に期限付き移籍をして話題になった。70年代にはプロテニスのビリー・ジーン・キング夫人が元男子プロのボビー・リッグスと対戦して論議を呼んだ。

3月5日公開の「野球少女」は、そんな男女間の「壁」への挑戦をリアルなタッチで描いている。

韓国には、97年に女性として初めて高校の野球部に所属し、プロ野球リーグ(KBO)主催の公式試合に登板したアン・ヒャンミという選手がいるそうだ。この史実を意識して、劇中にも「20年ぶりに女子高校野球選手誕生」というセリフがある。

「天才野球少女」と騒がれたスインは、高校の野球部でも一線級の投手だったが、プロ球団には見向きもされない。リトルリーグ時代には足元にも及ばなかったジョンホは期待のスラッガーとして指名を受けている。成長に従って広がる男女の体力差は残酷だ。

球速134キロはプロから見ればあまりにも平凡。建築資格試験を受け続ける「万年受験生」の父親はスインの「夢」を応援するが、そんな父親と幼い妹の4人家族を支える母親は、地道な就職を勧める。

新任の野球部コーチ、ジンテはプロ野球では花開くことなかった苦労人だが、実践理論は一流。夢を諦めきれないスインに腕力とは無関係の変化球「ナックル」を伝授する。厚いプロの壁に2人の挑戦が始まったが…。

主人公のスインを演じるのはNetflixのドラマ「梨泰院クラス」でトランスジェンダーの料理長にふんしたイ・ジュヨン。これが長編デビューとなったチェ・ユンテ監督は、打者との対決シーンをかなり絞り込むことで、そこに半端ない緊張感を与えている。このために40日間の猛特訓に耐えたというスインは監督の期待に応えて、力強い投球フォームを披露する。女性の力なら山なりになりそうな球筋も予想以上に力強い。ショートカットの髪形からか、時折見せる悲壮な表情は若い頃の山口百恵をほうふつとさせる。

曲折あっても最後は娘の背中を押す両親、自分のプロ入りよりスインを気遣うジョンホ、文字通りの名伯楽としてスインを支えるコーチのジンテ…。1時間45分の上映時間でそれぞれのキャラクターがしっかりと輪郭を結び、決して絵空事にはならないラストシーンも気持ちいい。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)