シンガー・ソングライターの樋口了一(59)は、代表作の「手紙」がレコード大賞優秀作品賞となった09年にパーキンソン病と診断された。故郷熊本に拠点を移し、ライブ活動を続ける彼が、俳優初挑戦したのが「いまダンスをするのは誰だ?」(10月7日公開)。自身と同じ難病を抱えた中年サラリーマンの苦悩と奮闘を描く作品だ。樋口に話を聞いた。

  ◇   ◇   ◇

映画は、働き盛りにパーキンソン病と診断された元証券マン松野幹孝さん(22年67歳没=今作の企画・原案)の実体験を元にしている。動きが遅くなったり、震えなどの症状が出る当事者の思い、曲折の末に周囲の偏見が受容と理解に変わって行く様子が描かれる。

「最初は主題歌のお話をいただいたんですよ。この題材にそういう形でお役に立てるならいいな、ありがたいなと思いましたね」

打ち合わせで顔を合わせた古新(こにい)舜監督は、主演はこの人と直感したようだ。

「出演? えっ? ていうのが正直な気持ちでした。一方で、やったことがないことに対する好奇心もわいてきました。1カ月くらい自問自答して、きっとお断りするという考えが強くなるだろうと思っていたんですけど、そうはならなかった。この歳になって新しいオファーをいただける喜び、そしてやっぱり好奇心が勝ちましたね」

前向きな姿勢の根底には、自由な表現者としての自覚がある。

「以前、ある方から『(病気を)公表して、表現した方がいい』と助言され、前に進もうと思うようになれたんですね。日々向き合う中で、自分が抱える病からインスピレーションを受けて作る曲が増えたようにも思います。その点、この映画の主人公は組織の一員のサラリーマンなので、病気の公表は勇気のいることに違いないと思います」

意外と言っては失礼だが、ミュージシャンには縁の無かったはずの「劇中の背広姿」にリアルな哀愁が漂っている。

「勤め人としては、友人が作ったスタジオで会社ごっこのような経験が1年くらいあるだけです。出来上がった作品を見て思い出したのは、公務員をしていた父の姿です。無意識のうちに参考にしていたのかもしれませんね。監督もお父さまをモデルに演出していたようなので、この主人公には頑固な昭和の男が投影されているのでしょう」

イライラを募らせ、つい娘に手をあげてしまう劇中の「昭和の男」が、働き盛りにこの病を患った人の深刻な心中を端的に表現する結果となった。

仕事でミスが重なり、妻と娘にも家出されてどん底に落ちた主人公が、偶然出会った仲間に支えられ、職場の理解や家族の信頼を取り戻していく過程には、樋口ならではの説得力がある。かたくなになった娘の心を、不器用だが懸命なダンスで溶かすシーンもある。

「歌でいうと、練習で120%行って、ようやく本番で100%行けるけど、あのダンスは50%くらいですね(笑い)。撮影中は稼働時間が長いので、クスリを飲む配分に苦労しました。主人公の症状と自分のが違うので、震えが難しかった。ストーリーに都合がいいように病気を合わせることだけはしたくなかった」

15~20万人のパーキンソン病患者のうち1割程度が就労世代といわれる。周囲の理解が万全とは行かない中で、声を上げることにためらいを覚える人も少なくないだろう。

「僕自身はめったに感情を爆発させる方じゃないんですけど、撮影中は主人公を通して心置きなくできたことが、ある種のカタルシスだったような気がします。難病の中年サラリーマンのみっともないけど真っすぐな気持ちを込めた姿を見てほしいと思っています」

【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)

◆樋口了一(ひぐち・りょういち) 1964年(昭39)2月2日熊本生まれ。立大在学中からバンド活動を始め、93年メジャーデビュー。北海道テレビ「水曜どうでしょう」のテーマソングなどで知られる。歌手活動の傍らSMAP、沢田研二、石川さゆり、郷ひろみらに楽曲を提供している。

インタビューに応える樋口了一(東京・神田で)
インタビューに応える樋口了一(東京・神田で)