ロサンゼルス(LA)のファッション業界で「ナチュラルメーク」を武器に活躍する日本人ヘアメークアーティスト加藤杏奈さんに、アメリカのヘアメーク業界の現状やハリウッド映画とファッション業界の違いなどトップモデルや有名ファッション誌での仕事について話を伺った。

LAでファッションメークアップアーティストとして活躍する加藤杏奈さん(本人提供)
LAでファッションメークアップアーティストとして活躍する加藤杏奈さん(本人提供)

ヴォーグやW誌など著名ファッション誌やユニクロ、アマゾンなど大手企業のCMを手掛け、ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」のジェイミー・ラニスター役で知られるニコライ・コスター=ワルドーや、映画「チャーリーズ・エンジェル」(19年)に主演したエラ・バリンスカら著名俳優やモデルと仕事をする加藤さんが、メークの世界に興味を持つきっかけとなったのは中学生時代のモデル活動だったという。

「原宿でスカウトされ、ファッション雑誌や洋服ブランドのウエブサイトのモデルをしていました。撮影で東京に行って色々な人と出会い、新しい世界を見るのはとても楽しく、たくさん刺激を受け、撮影現場で直にメークの世界を目の当たりにするうちメークや化粧品に興味を持つようになりました。2歳の頃から10年ほど続けたクラシックバレエの影響でメークや衣装、舞台セットに魅了されるようになったことも大きく、自分は作る側、裏方の方が向いていると感じるようになり、自分表現の1つとしてメークに没頭するようになりました」

高校卒業後はヘアメークの専門学校に入学し、日本でメークの経験を積んだ後、アメリカで挑戦するため単身渡米した。

「小さな頃から海外のファッション雑誌や映画に興味があり、海外のハイファッションの世界も好きだったので、メークアップアーティストを本格的に目指すため、専門学校で1年間学びました。そこはヘアメーク事務所も兼ねており、先輩たちは事務所に所属しながら学校業務がない時は現場でプロとして仕事をしている学校だったので、私も卒業と同時に学校スタッフ兼先輩アーティストのアシスタントとして働きはじめました。

周りに比べて年齢が若かったこともあり、現場での仕事のチャンスになかなか恵まれず、新しいステップを踏むため3年で退職。スキンケアについて学ぶため、メディカルスキンケアの会社に就職し、お肌の相談窓口で1年間働きました。退職後、2018年に憧れだったLAに渡り、メークの世界に飛び込みました」

日本で学んだスキンケアがアメリカの現場で生かされ、仕事の依頼が絶えないという。

ペインティングメークをほどこした作品(Phtography by Ahmad Smith)
ペインティングメークをほどこした作品(Phtography by Ahmad Smith)

「仕事で大切にしていることは、ミニマムなメークでモデル本人の良さを引き出し、輝かせることです。日本人は仕事が細かく、モデルのケアもきちんとしているので信用度が高く、アメリカの現場では日本人であることはある意味で強みになっています。

フェースマッサージをして肌の状態を整え、血行を良くしてからコントロールカラーをのせ、コンシーラーかファンデーションを使います。なるべくモデル本人の肌を見せながら、必要な部分をカバーするミニマムな美しさを表現するのが、私の強みです。私がフェースマッサージをしているのをみて、”自分もしてもらいたいから杏奈にメークをして欲しい”と指名され、イヴ・サンローランの最新コレクションを使用した撮影の仕事が舞い込んだこともあります。自分の作品が雑誌にプリントされたのはこれが初めてで、これを機に仕事の依頼がどんどん来るようになりました」

LAと言えばハリウッドを連想するが、ファッション業界とは求められるメークは全く違うという。

「フィルムとファッションの世界では使うプロダクトも違いますし、レッドカーペットひとつみても濃い化粧が多く、ナチュラルメークが多いファッション業界とはメークの仕方も異なります。フィルムはまったく同じヘアメークを何日もしないといけませんし、自分が表現するというよりも作品に合わせてメークをするので、独創的な表現が好きな私にはファッションのフィールドが合っています」

「濃いメークはもちろん用途がありますが、写真撮影用のメークはその瞬間キレイであることが重要です。長くもつというよりも、タッチアップを何度もしてオイルのバランスや肌の見え方など、写真に重点を当てたメークなので、フィルムとは違います。日本で学んだスキンケアを生かし、なるべくミニマムに、モデルの素敵なポイントを引き立てるようなメークを心がけています。映画やレッドカーペットなどの仕事が多いLAにはあまりそうしたメークを得意とする人がおらず、“こんなナチュラルメークができる人はLAにはあまりいない”と言っていただけています」

得意のナチュラルメークをほどこした作品(Phtography by Ahmad Smith)
得意のナチュラルメークをほどこした作品(Phtography by Ahmad Smith)

多種多様なモデルやスタッフがいるのが当たり前のアメリカは、刺激もチャンスもたくさんある。

「様々な人種、プラスサイズなど個性的なモデルも多く、日本にはない多様な美がこちらでは認められつつあるのを感じます。アジア人はまだ少ないですが、ダークスキンや中東系、インド人のモデルも増えており、ここでは自分のナショナリティーを感じて仕事をするようになりました。スタッフも多種多様な人種の人たちが世界中から集まって第2言語である英語で仕事をしています。個性的で違う文化を持つ人たちと仕事をするのはとても刺激的です。最近はアジアンヘイトの問題もあり、企業が色々な人種をチームに入れて撮影する傾向が強くなっており、アジア人のチームで撮影する機会も増えています」

「LAに来てたくさんのアーティストと出会いましたが、みんな日本よりフットワークが軽く、色々なプロジェクトがテンポ良く進みます。インスタグラムに作品を載せると、知り合いの知り合いからDMがきて、何日に撮影があるけどやらない? みたいなノリでヴォーグや大きな仕事がどんどん入ってきます。そういう軽いノリで来た仕事が、ネットフリックス作品のメインキャラクターを演じる有名な女優さんだったりもします。仕事さえ気に入られたら、試してみたい、一緒に仕事をしてみようとなるのがアメリカです。日本では、まず誰々のアシスタントをしていたとか信頼がないとなかなかその門を開けることができないので、そこは大きな違いです。また、金銭的な面においてもアメリカではアシスタントでもきちんとギャラが支払われるので、自分の時間を持ち、作品作りをする余裕もでき、よりチャンスを掴みやすい環境だと思います」

最近ようやく、アーティストの友人も増えて自分のやりたいことができるようになり、作品作りのインスピレーションを得るための活動を行う余裕も生まれてきたという。

「自分が主催でプロジェクトを作ったり、雑誌の仕事でも“こういう風にしよう”とアイディアを出せるようになってきました。そうするとより一層、自分が作ったものを愛せるようになり、余裕も出てきて、作品作りのインスピレーションを見つけにいく楽しみもできました。休日には美術館巡りをしたり、家で絵を描いたりと、ファッションだけにとらわれず、色々なことに興味を持つようになりました。例えば、動物のドキュメンタリーを見ても、深海魚や鳥が人間界にはない色の組み合わせがあることに気づきますし、テクスチャーもそうですが、そういうところからもたくさんインスピレーションを受けています」

「主にファッション雑誌や洋服のブランドの撮影、化粧品ブランドの広告が中心ですが、ユニクロなど日本向けの仕事もたくさんしています。メークは裏方なので、仕事を説明してもなかなか家族に分かってもらえない部分もありますが、作品が有名な雑誌に掲載されたり、ビルボ-ドになると両親や祖母に自分がどんなことをやっているのか見てもらえるのがすごく嬉しいです」

将来の夢は、憧れの世界的ファッション写真家ティム・ウォーカー氏と仕事をすることだという。

「LAにはまったくコネがない状況で来て、たまたまメークをやっている子と知り合い、そこから世界が一気に広がりました。英語が分からない私を、現場でたくさんの先輩たちが助けてくれました。ピュアな心と人への感謝、シンプルなことを忘れずに頑張っていると誰か助けてくれることを学びました。だからこそ、自分を分かろうとしてくれる人たちに対して感謝の気持ちが生まれ、弱い部分があるからこそ自分も他人に対して優しくなろうと思えるようになりました。便利な状況に自分を置かないことによって、人の優しさ、日本にいたら気づかなかったことにも気づけ、人として成長できたと思います。一歩踏み出すことが大切だと身をもって学んだので、日本にいる自分と同じような人たちにもその勇気を持って欲しいです」

「これからも初心を忘れず、作品を見た人たちが“杏奈のメークだよね”と分かってもらえるような、自分のキャラクターを確立していくことが今後の目標です。そして、ペインティングメークなど独自の世界観を築き、素晴らしいチームで作品作りをしているティム・ウォーカーといつか仕事をするのが夢です。日本のモデルさんだと、小松菜奈さんとも働いてみたいです」

撮影現場でモデルにメークを施す加藤杏奈さん(本人提供)
撮影現場でモデルにメークを施す加藤杏奈さん(本人提供)

◆加藤杏奈(かとうあんな)1995年、神奈川出身。ヘアメークの専門学校を卒業後、日本のヘアメーク業界での経験を経て、2018年に渡米。以降、世界中のアーティストとコラボレーションし、日本ブランドにとどまらず、世界のファッション雑誌やブランド、コスメティックの広告でメークアップアートティストして幅広く活躍。

【千歳香奈子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「ハリウッド直送便」)